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おニューのワンピース姿で、玄関の扉の前まで小走りする。
扉を閉めたままもう1度確認する。
「どなたぁ?」
数秒ほど沈黙があった。まさかクミ姉ちゃんが言っていた痴漢・・・?そんな不安が頭を過ったその時。
「〇〇会社の者です」
…痴漢とは程遠い優しくて低い男性の声がした。
「化粧品のセールスで訪問させていただきました。お化粧に興味はございますか?」
ガチャ…気が付いたら 自然と扉を開けていた。
「おや、お出かけするところでしたか、これは失礼しました」
「え?違うわ…」
「そうですか、あまりに綺麗な格好をなさっているのでてっきり・・・」
――なんて素敵な男性なの。
スマートなスーツ姿に、凛々しい顔立ち。目鼻立ちがはっきりしていて、まるで俳優さんみたい。大人な雰囲気を醸し出している。
「化粧品はどちらのメーカーをお使いですか?」
「今は姉のを借りて使ってるから特に決めてないんです。サボっちゃうこともあるの」
「そんなにお綺麗なのに?」
「ふふ、お上手ねぇ」
「僕はお世辞は言いませんよ」
そんな真剣な目で真っ直ぐに見つめてくるのはどうして。
そんなのわかってるわ。
玄関先で、まるで素敵な喫茶店でお茶でもしながらデートしているようにドキドキと胸がざわついている。
わたしは一番高い化粧品セットを購入した。
化粧品は大好きだけれど、本当は化粧品なんていらない。
この人の契約になってあげたい。そんな想いから。
「それではご購入ありがとうございました」
「いえ、楽しかったわ」
喫茶店でのデートの時間もこれで終わり。
彼は深々とお辞儀をして玄関のドアノブに手をかけた。
…あぁ、行ってしまう。
「あの」
「…はい?」
彼は振り返った。わたしのほうに直立して。
お互い自然と見つめあう。磁石のように引き寄せられて…。
「今日お会いしたばかりで軽率な男だと思われるかもしれませんが…」
なにを言おうとしているのか、勘のいいわたしはここでわかってしまった。…経験上わかってしまうのよ。
「僕と付き合ってください」
ほら。
返す台詞は決まっていた。
「…はい。わたしでよければ」
そう答えたわたしは強引に彼に抱き寄せられた。
彼の腕の中でドキドキと胸の鼓動を高鳴らせて これから始まる幸せな未来を想像していた。
お互い一目惚れから始まった恋だった。
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