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回想-2-
「話があるの」と夜職場に現れたミエコ。
その夜ミエコの口から思いもよらない事実を告げ知らされた。
「赤ちゃんができたの…」
少し神妙そうにしながらもミエコは俺の反応を気にしているのがわかる。
言わずもがな、俺の子、ということか。
「おめでとう、ミエコ」
「ヨシちゃん…、じゃあ…」
「悪いが、結婚はできない。俺はまだ父親になれる器ではない。お前と赤ん坊を育てていく自信がない」
ミエコの顔色が一気に沈んだが、俺は構わず言うべきことを伝える。
「だが、父親がいない赤ん坊は可哀想だ。認知はする。お前はあの家を出ろ。うちに住むんだ」
「ヨシちゃん…ありがとう!!」
目の前で涙を拭っている女は、とてもじゃないが「母親」と呼べるほど強くない。世間を知らない。
化粧ひとつ施していない、まだ20歳前の田舎町の娘だ。
器量も良くなけりゃ、教養もない。
ミエコの唯一の取り柄は、愛嬌があることだけだ。
子どもが生まれれば、ミエコもそして俺自身も――何かが変わるかもしれない。
俺が21の時だった。
ミエコは母親と義父に黙って、俺と母さんが住む団地に身を寄せた。
日に日に大きくなるお腹を見ると、赤ん坊がすくすくと育っているのがわかる。
「ミエコちゃん、わたしがやるから休んでいて」
「お義母さん、ありがとうございます」
母さんとミエコは特に衝突することなく良い「嫁姑関係」を築けていた。
母さんは俺の実の母親ではないが、俺を実の息子以上に愛ある厳しさでここまで育ててくれた。
きっとミエコの腹の中の子も、喜んで可愛がり世話をしてくれるだろう。
ミエコの腹がはち切れんばかりに大きくなった頃、赤ん坊が産まれた。
「ご苦労さん」
「ヨシちゃん、可愛いでしょ、女の子よ」
さっき分娩室から戻ってきたミエコは、幸せそうに笑っていた。
俺の初めての娘。名は「メグミ」と命名した。
母さんも俺もミエコも、決して恵まれた環境で生きてこれたとはいえない。
この子だけは、幸せや人望に恵まれるように。そんな思いを込めて母さんと決めた。
メグミが生まれてきてくれたおかげで、家の中は明るくなった。
母さんは初孫にデレデレだ。ミエコは初めての育児に少し戸惑っているようにも見えたが、そこは母さんが上手くフォローしていた。
俺はパチンコ屋のスタッフを辞めて、化粧品会社のセールスマンに転職した。
ミエコとメグミの分も養っていかなければならないからだ。
メグミは可愛かった。
俺に子どもを可愛いと思える父性があるなんて、自分でも驚いたが。
メグミは3歳にもなると、俺たちは本物の家族のようになっていた。
「おとうたん、おばぁたぁん!!」
海に連れていけば、はしゃぎまくるメグミは、笑うとミエコにそっくりだ。
愛嬌のある子にすくすくと育ってほしい。
――俺もそろそろミエコと籍を入れようか。
そんなことを真剣に考えた矢先、ミエコから「ヨシちゃんに話があるの」と話を持ちかけられた。
仕事から帰ってきたばかりで、飯を食って風呂から上がると、布団の上に正座したミエコが俺を今か今かと待っていた。
「どうした?話ってなんだ?」
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