たい焼き屋、始めました。

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「おっし! こんなもんだろう。」  権蔵は、公園のブランコの脇に屋台を設置し終えると、おもむろに少年に尋ねた。 「どうだ、おっちゃんの屋台。繁盛しそうに見えるか?」  たまたま居合わせて眺めていただけの少年は、突然に話をふられて驚いたようだったが、 「イケてんじゃない?」  と言った。  ちょっと冷めたというか、斜めにかまえたその感じ。小学校高学年だろうか。  まあ、権蔵には少年の年齢など関係ない。子供は子供だ。そして、お客様だ。屋台は、たい焼き屋である。  塾の時間帯だからだろう、公園には権蔵とその少年の姿しかない。 「お前、なんか悩みないか?」 「はあ?」 「悩みがあるなら、ラッキーだぜ。話とたい焼きとを交換してやる。」 「マジで?!」  少年は食いつきかけたが、すぐに不審を抱いたようだ。 「おっちゃん、怪しい人?」 「そんなことあるかい! 公共の場所で商売するには、ちゃんと許可がいるんだぜ。  おっちゃんはきちんと許可取ってる、ちゃんとした商売人! その証拠に、あそこの駐在所のお巡りさん、なんにも言ってこないだろ?」  少年は、ああ、そういえばといった風に斜向かいの駐在所をふり向き、それからおっちゃんに向き直った。 「メニューは何があんの?」 「ま、定番の粒あんを筆頭に、ピザチーズに焼き肉に玉ねぎサラダ、黄桃&生クリームってとこだ。」 「ヤバい、迷う。」 「なにをだ? メニューにか? それとも、話すか話さないか、か? おっちゃんにはな、守秘義務ってのがあってな、打ち明けられた悩みを他人に洩らすと、営業停止になっちまうんだ。だから、安心しろ。」  少年はさすがに高学年だ。こう聞き返してきた。 「守秘義務って、聞いたことある。おっちゃん本当に守秘義務あんの?」 「あるさ。ほら、免許証代わりだ。」  おっちゃんは意外にもカウンセラーの名刺を持っていた。 「うおー、マジでー? 堅そうな職業には見えないのに。」 「カウンセラーがお堅い顔してて、やってけるかよ。」 「そりゃそうだね。」  少年はウケた。どうやら信じたようだ。  ブランコに座ると、考えこみ始めた。  どう話すか、考えているらしい。  ギ~コ、ギ~コ………。  やがてポツリと言った。 「いい学校行ったらさ、しあわせが約束されるって本当?」 「なんだ、母ちゃんがそう言ったのか。」 「うん。中学は私立行けって。」 「期待されてんなぁ。お前、成績いいのか?」 「まあ、そこそこね。」 「そうか。なら、親は言うわな。」 「けど、オレはやなんだよ。遊べもせずに勉強漬けなんて。そしたら母ちゃん、『今のしあわせより、未来のしあわせを考えなさい』って。」  おっちゃんはうなずいて黙った。  少年は続けた。 「だけどオレ、こんな言葉知ってんだ。『今の連続の先に未来がある。今と未来は地続きだ』って。我慢の連続の先にある未来って、やっぱ我慢する生活なんじゃねえの?」  少年はおっちゃんをふり向いて問いかけた。  おっちゃんは言った。 「おっちゃんはそれよりもっと有名な言葉を知ってるぜ。すなわち、『未来のことなんて誰にもわからない』。」  少年はそれに即応した。 「だからこそだと、オレ思うんだ。母ちゃんはきっと……」  少年はうつむいて、面倒くさそうなため息をついた。 「がんばってるオレを見て、安心したいだけじゃねえかなって。」 「真理だな。いいとこ突くなぁ、少年。」  おっちゃんは感心したように、いや、実際感心して言った。 「頭いいって、マジだろ、お前。お前のそういう物の言い方が、周りに期待させるんだよ。」 「………簡単に言えてるわけじゃないぜ。毎日毎日考えてんだ、オレだって。」 「そうか。疲れるだろ。」 「まあね。正直なとこ、考えたくない時もあるよ。」  少年は大人びた苦笑いを見せた。 「なるほどな。頭はいいけど、疲れやすいってとこか。」 「そういうこと。簡単にできてると思われて、休ませてもらえない人生なんて、ごめんなんだ。」  少年は宙を見つめて言った。誰かを思い浮かべているようだ。 「ふうん。…………しんどいだろうな、そういうのは。」 「しんどいっていうか……。」  少年は言いよどんだ。  おっちゃんは言った。 「お前がしんどそうだな。焼き肉たい焼き、食うか?」 「…………うん。いくら?」 「お代はもう貰ったよ。言ったろ? 悩み話と交換だって。」 「本当にいいの? 肉なんて、高えのに。」 「それだけお前の悩みが高かったってことだよ。今作っからよ、茶でも飲んで待ってな。ウーロン茶と麦茶、どっちがいい?」 「………ウーロン茶。」  ウーロン茶と言ったとき、少年はなぜか一瞬顔を歪めた。  ブランコから降りて、カウンター越しによく冷えた紙コップのウーロン茶を受け取りながら、少年はおっちゃんを見上げて言った。 「おっちゃん、知ってる? ウーロン茶って時差ボケに効くって言われてんの。……父ちゃんが会社に死ぬほど飲まされてた。」  泣くのかと思いきや、少年は不意にポーカーフェイスになってブランコに戻り、ウーロン茶を一気飲みした。 「───冷てえ! 父ちゃんが勤めてた会社みてえ!」  少年の精一杯のジョークに、おっちゃんはウケた。少年も笑った。 「ほら、できたぞ。」  屋台のカウンター越しにおっちゃんは身を乗り出して焼き肉たい焼きを少年に差し出した。少年もブランコを屋台に寄せて手を伸ばし、受け取った。  ふたりとも元の位置に戻ったところで、少年が尋ねた。 「おっちゃん、これからここでずっと屋台やんの?」 「公園がなくならない限りな。ただし、おっちゃんがサボりたい時は休業。」  少年は焼き肉たい焼きを頬ばりながら、うなずいた。 「そのほうが、いいよ。…………そのほうがいいんだ、絶対。」  その横顔は、やはり大人びていた。  おっちゃんは、ブランコの向こうの木々を見た。細枝の1本にスーツ姿の男性が座っている。少年によく似た顔のその男性は、泣きそうな顔をしていた。  そして、すうっと少年の背後におりて来ると、おっちゃんに頭を下げて形を消した。  焼き肉たい焼きにかぶりついている少年が、通りに向かって手を振った。同い年くらいの少年が手をふり返した。  少年が駆け寄って行った。 「おい、ちょっとこっち来いよ!」 「え? なんで?」 「いいから、たい焼き食ってけ! ───おっちゃん、こいつ、オレのダチ。頼むよ。」 「おお、任せとけ。」 「なになに? なんだよ。え、お前帰んの? 意味わかんねえ!」  少年に無理やりブランコに座らされた少年の友人は困惑している。  おっちゃんは言った。 「おっちゃんのたい焼きが旨いから食えってさ。お代は───」
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