第3話 遊園地デートの前日

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第3話 遊園地デートの前日

 それは、遊園地に行く前日のことだった。  今日も今日とて、モデルの仕事がある私は、控室で一度休憩を取った後、次の撮影の為にスタジオに向かった。  先日購入した姉とお揃いのワンピースを着てスタジオ入りした私に慌てて駆け寄る塩見さん。  スタジオの外へ私を引っ張って言った彼女は、いきなり私に向かって怒鳴り込んできた。 「RIAS!! あなた、衣装をどこにやったの!」  まさに、鬼の形相。私は疑問符ばかりを頭に乗っけて、彼女を見る。  彼女はそんな私の顔を見て、何を思ったのか。はたまた、何を勘違いしたのか。  眉毛を釣り上げて、ついでに眉間に皺まで寄せちゃって、こう言ってのけた。 「言い訳は後で聞くから、取り敢えず、スタッフさんに謝りに行くわよ」  腕を掴んでもと来た道をカムバック。いやはや、一体何が起こっているの?  というか、話の流れから察するに、私が衣装を紛失したことになっている?  悶々と頭を悩ませている間にも、スタジオ内に引っ張り込まれて、大勢のスタッフさんたちが見守る中、私は塩見さんに頭を下げさせられていた。  塩見さんの手の平が私の後頭部をぐいぐいと押さえつけてくる。 「すみませんでした」  一緒に頭を下げてそう叫ぶ塩見さん。そんな私たち二人を凝視する大人たち。    あぁ、嫌だな、この空気。じろじろ、じとじと。  今は夏の盛りだっていうのに、どうしてこうも梅雨時みたいにじめじめしてるわけ? 「いや、謝られてもねぇ。……それで撮影がどうにかなる訳でもないし……」  半ば苦笑いしながらそう言っているスタッフさんの声が静かなスタジオに響いた。  そうねぇ、どうしようねぇ。なんて声が聞こえてきそうなスタジオの雰囲気に、私は反吐が出そうだった。  まるで聞き分けの悪い子供みたいに。  まるで何も分かっていない子供みたいに。  それを許してあげるわ、なんて理解者ぶった大人みたいに。  そんな、そんな態度を取らないでよ。私の心は今にも叫び出しそうだった。  ここにいる大人たちは知っているはずよ。  私が衣装を紛失するはずがないって。  だって、モデルが自分の着る衣装を知るのはスタジオ入りしてからだもの。  だから、衣装が無くなるのは、スタッフ側の落ち度か、あるいは私を気に入らない誰かの仕業か。  そんなこと、百も承知の上で、こんな茶番劇みたいなことをしているんだもの。  ほんと、ほんと、大人って信じらんない。  若くて幼気な乙女がそんなに気に入らないというの?  ついでに、綺麗な少女だってことも。  その時、スタジオの扉が開いて、続いてパタパタと軽やかな足音が数人分聞こえてきた。  皆がそちらに顔を向けて、一瞬私たちから視線が外れた。  そのタイミングで、私と塩見さんは下げていた頭を上げた。  良かった。多分、塩見さんも顔を上げるタイミングを見失っていたはずだから。  スタジオに入ってきた数人を見て、私は顔を顰めた。  どうやら洋服らしきものを持って中心に立っているのは、今度CM出演が決まっている有名なモデルの子だった。  そしてその周りには、彼女の取り巻きが。  その光景を見た途端、私は全てを理解した。  中央に鎮座する女王様が口を開いた。何とも悲しそうな声だこと。 「あの……RIASちゃんの衣装、見つかったんですけど……」  ここでスタッフさんたちの歓喜の声。拍手までしている始末。  でもね、喜ぶのはまだ早い。 「おお、それなら撮影できるじゃないか」  一等喜んでいる撮影現場の監督に、女王様は宣言した。 「でも、あの、これ、びりびりに破かれちゃってて……」  はいはい。あんた女優も難なくこなせるよ。うまいもんだわ。あんたがびりびりにしちゃった本人なのにねぇ。  よくやるよ。そんなにRyo って奴とのデートが羨ましいのかしら。  有名モデルの彼女がRyoに首ったけなのは、この業界では有名な話だそうで。  Ryoに絡まれた撮影の次に会ったときに、塩見さんがそう教えてくれた。  私は呆れて何も言えなかった。  ただ、おろおろするスタッフさんと、その陰で私に向かって口角を上げる女王様を見て、肩を竦めているしかなかった。  そうやって突っ立っている私に向かって、例の女王様が近づいてくる。  そして、私の耳元でこう囁いた。 「ざまーみろ。これで仕事はなくなったわね。……次はRyoよ。覚悟してなさい」  ……覚悟するほど彼の事大切じゃないんですけど。  私の突っ込みを待たずして、彼女はその場を去っていった。  どうしていいのか分からなくておどおどするスタッフたちの中で、一人の男の子が手を挙げた。 「あ、のぉ」 「なんだ」 「その、今日のRIAS さんの撮影のコンセプトって『森の少女風コーデ』ですよね」 「そうだ、それがどうした」 「いや、今日の彼女の服装じゃダメなのかなって、ふと思っただけっス」  そう言って、彼は私の着ている白のワンピースを指さした。  その指の動きに合わせて皆が私のワンピースを見る。 「確かに、これならコンセプトから外れていないし、彼女にも似合っているわ」  ぽつりと誰かが零した言葉に、皆が頷いたかと思うと、すぐに撮影の準備に走っていった。  どうやら、一件落着のようだ。  私はほっとして、辺りを見渡す。  そして、スタジオの隅の方でコードをいじっている先ほどの彼を見付けた。  彼に駆け寄ろうとしたとき、遠くの方でメイクさんが私の名前を呼んだ。  私は名残惜しくも、彼に話しかけることは出来なかった。  無事に撮影が終わって、私の不注意という名の私へのちょっとした意地悪はなかったことにされた。  これが大人の力というやつか。  まぁ、別に良いけど。着替えが無くなった分、早く撮影も終わったし。  なんて半ばふて腐れながら、私は関係者用の出入り口で先ほどの彼が出てくるのを待っていた。  扉から出てきた彼は、私がここにいることに酷く驚いたようで、一瞬目を見開いたかと思うと、何事もなかったかのように直ぐに斧場を立ち去ろうとした。 「ちょ、ちょっと待ってよ」  そう言って彼の服を掴む私。 「え、え、え、え」  頭からはてなとびっくりマークを大量に放出させる彼。  私は彼の服から手を離して、彼の反応を待った。 「えっと……僕に何か……」  戸惑いながらもこちらに意識を向ける彼に満足し、私は彼に微笑んだ。 「あなたを待っていたの」  夏の気だるい空気に塗れた街中を、私は見ず知らずの男性と並んで歩いている。  見ず知らず、というよりは顔見知り程度だし、男性よりは男の子なんだけど。  そこは、ほら、そういうことにしていた方が雰囲気出るじゃない。  そんな風に意識を逸らしながら、私は改めて隣歩く彼の横顔を盗み見する。  誠実そうで、優しそうで、生真面目な彼。  私は前に向き直り、ふっと息を吐いて、一言。 「今日は、ありがとう」  緊張が表に出ないように必死で何でもないことのように繕った。  私の言葉に彼は慌てて様子で、 「いえ、そんな」  大袈裟に首を振っているその様子が可笑しくて、私はふふっと頬を緩ませた。 「そう言えば、自己紹介していなかったわね。私は神川リアス。もちろん、知ってるだろうけど、女子高生モデルをしています」 「僕は中村優斗です。撮影班のスタッフをさせていただいております」  互いに頭を下げて改めてする自己紹介は、それだけで何だか心がほっとするものがあった。  その後、私たちは駅の方に向かって再び歩き始めた。  心なしか先ほどよりゆっくりとした足取りだと思うのは私の気の性かしら。  この辺りじゃ一番大きな駅の改札口が見えてきて、寂しくなった。 「私、上り線なの。優斗君は?」 「僕は下りです」 「そう」  それだけで終わる会話。  今日のお礼も言えたはずなのに、当初の目的は達成したはずなのに、どうしてこんなにも寂しいんだろう。  自分の気持ちを知りたいような、知りたくないような、良く分からない感情に支配されて、私は道端にある小石を蹴りたかった。  もちろん、そんな都合よく小石は転がっていないんだけどね。  いつの間にか俯いていた私の頭をどう捉えたのか。  口を開いた彼の声は、より一層優しかったように思う。 「僕、これから本屋寄ってから帰ろうと思ってるんだけど、リアスさんって、本とか興味あります?」  敬語やら何やらよく分からない口調でそう言った彼に、気が付いたら私は大きく首を縦に振っていた。 「是非」  もはや、これは立派な誘いではないか。  デート、と豪語するには少々頼りない気もするけど、ううん、立派なデートね。  それから、生憎私は姉の影響で本のことにはちょっとばかし詳しいのよ。  ごめんなさいね。  誰に謝っているのかも意味不明だが、それほどまでに私の気分は急上昇していた。  あぁ、ありがとう、私のミューズ!(もちろん、姉のことよ)  それから、どうしてこうなったのかは分からないけれど、どうやら私は優斗君に好意を持っているみたい。  短時間のはずなのにね、不思議だわ。  それが特別な好意に至るのかはまだ何とも言えないけれど、取り敢えず、蕾は膨らみ始めたって訳。  本屋でひとしきり盛り上がった後、別れ際に彼が言った。 「今度、図書館にでも行きませんか」  もちろん、私は「食事からでお願いするわ」なんて野暮なことは言わなかったわ。  答えは、YESよ。  この時、私の頭の中には、明日の遊園地のことなんてすっぽり抜け落ちていた。
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