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第1話 七月二十日 放課後
教室の窓から西日が差し込んでいる。
橙色のその光は、教室の中にくっきりとこの世界の影を作り出している。
その一つに、私の影もあった。
椅子から伸びる長い私の分身。
黒い、もう一人の私。
窓の向こうから、運動部員たちの練習を始める声が聞こえてくる。
いつもと変わらない放課後。
夏の匂いが私の鼻先を翳めて、私はふっと顔を上げた。
教室と外を繋げる窓から見える、良く晴れた夕空が眩しかった。
私は一息つくと、書き終えた日誌の表紙を閉じて、教室を見渡した。
持ち主の帰った机と椅子が三十六個。
私以外の生徒は今この教室にはいない。
そのことを確認して、私は机の横に提げているスクールバッグから一冊の本を取り出す。
少し痛んだように見える茶色の表紙がそれをアンティーク調に彩っている。
おとぎ話にでも登場するかのようなその本の中身は、実は何も書かれていないただの白紙のノートだったりする。
少しおしゃれな雑貨屋さん(リアスが喜びそうな雰囲気のあるお店だった)で先日見付けたものだ。
今にも素敵な物語が始まりそうな装丁をしたそれの表紙をつるりと撫ぜて、私は一ページ目を開いた。
先ほどまで日誌の上を行き来していたシャープペンシルを持ち直すと、私はそこに一つの文章を書く。
この一文から始まる物語が、素敵なものになりますように。
そんな願いを込めて。
句読点を書いて、ノートを持ち上げる。
書き終えた最初の一文を見て、満足げに頷く。
今日の西日はこの日の為に存在しているのではないだろうか。
そう思えるほどに、私の文字は淡い夕陽の世界で、一際綺麗に色づいていた。
本のようなそのノートを閉じて、私は帰宅準備をする。せかせか。せかせか。
先ほどまで丁寧に一文字一文字を綴っていたことがまるで偽りであるかのように、私は急いで教室を飛び出した。せかせか。せかせか。
日誌を抱えた胸で思う。
今日は寄るところがある。急がなくては。
そして、先ほど書いた始まりの言葉を思い返して、一人、口角を持ち上げた。
遠くから、運動部員の掛け声が聞こえていた。
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