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第2話 デートのお誘い
「嫌なことって続くものなの?」
校門前で呟いた私の言葉に、アリスが首を傾げてこちらを見る。
だけど、今はそんなことを気にしていられるほどの余裕が私にはなかった。
なぜなら、昨日の奴が、つまり、昨日私を心底困らせたRyoって奴が、なぜか私の通う高校の校門に立っているのだ。
しかも、朝から。
私と同じ制服を着た女の子たちに囲まれている彼に気が付いて足を止める私。
私の足が止まったことに気が付いたアリスもまた、足を止める。
何か言いかけようとした彼女の口が、開いてまた、閉じた。
大方、アリスの聞きたかった答えが向こうからやって来たからだろう。
Ryoは私たちの前に立つと、私とアリスの顔を交互に三度ほど見比べて、
「わお。君たち、双子?」
それが奴の第一声だった。
しかし、奴の口がここで終わるはずがなかったのだ。
疑問符で終わったはずの会話なのに、彼は畳みかけるように続けて口を開いた。
「あ、俺はモデルのRyo。リアスちゃんと同業者なんだ。えっと……」
会話にもなっていないし。
そうやってふて腐れる私の横でRyoはアリスに自己紹介をしていた。
答えなくていいよ。
私がそう言う前に、真面目で律儀な私の姉は、差し出されたRyoの右手を左手で握り返していた。
「初めまして、神川アリスです。いつも妹がお世話になっています」
あんたは母親か! 思わずそう言いたくなるのを必死で堪えた。
Ryoはアリスの返事に気を良くしたようで、
「そっか、アリスちゃんって言うんだね。よろしく」
そう言って、握手している手をぶんぶんと上下に激しく振ってから、ようやっとアリスの手を離した。
「はあ、よろしくお願いします」
アリスがそう答えながら、離れた左手を制服のスカートでごしごしとこすっているのを私は見逃さなかった。
ナイス、アリス。半ばダジャレのようなことを心の中で思いつつ、私は口を開く。
「それで、どうしてこんなところにいるの? それに、そもそもどうして私の高校を知ってる訳?」
「いや、俺がここにいるのはね、リアスちゃんが今日なら暇なのかなって思ったからなんだ」
きらり☆
また、昨日と同じ笑顔を見せて、奴はそう言ってのけた。
高校を知っている理由をはぐらかしたように聞こえるのはきっと私だけではないはずだ。
多分、誰かから聞いたのだろう。誰か、女の子から。
モデルのRyoに良くされたい女の子は一人や二人だけではないはずだ。
そんなことを推測している間にも、きらり☆な笑顔にやられた女子高校生の悲鳴が背後に響き渡る。
悲しいことに、モデルという職業はそれだけで、世間一般に言ってイケメンという訳なのだ。
「「「キャー」」」
ここは、殺人現場かね、ワトソン君。
なんて脳内ホームズが炸裂してしまったじゃないか。
アリスは彼の言葉で、昨日私が話していた人だと気が付いたみたいだった。
「……え、昨日の今日で……」
隣でドン引きしている姉の独り言が聞こえてきた。
本当にそうよね。私は姉のその独り言に大いに頷いた。
「生憎だけど、今日は終業式なのよ。せめて明日からにしてくれないかしら」
いっその事、明日にここで待ちぼうけしてくれれば良かったのに。
「あぁ、それは気が利かなくてごめんね」
しょぼくれる彼に返事をしたのは、私ではなく姉だった。
「それもそうね。……一週間後の明日、つまり二十九日に一日デートなんてしてみるのはどうかしら」
「な、え?」
戸惑う私とは反対に、Ryoは笑顔で、
「二十九日だね? 分かった。必ず開けておくよ。それじゃあまた、連絡する!」
そう言って、奴は軽やかにこの場を去っていった。な、なんて無責任な。
その後ろ姿を図らずしも見送ってしまった後、私はアリスに詰め寄った。
「どうして勝手に返事してるのよ!」
「え、だって二十九日はオフの日だって、この前言っていたじゃない」
「それは、そうだけど。……ってそうじゃなくて、どうしてデートなんて言ったのよ。それも丸一日!」
空を仰いで打ちひしがれる私。
でも、アリスにとってはそんなことはお構いなしのようだった。
彼女は冷たい瞳を私に向けて、こう言ったのだ。
「まさかリアス、昨日私を騙したこと、忘れた訳ではないでしょう?」
あぁ、神様。どうして私の姉はこんなにも妹に厳しいのでしょうか。
「ははは、まさか、そんな都合よく自分のしたことを忘れるなんてことがある訳が、な、ないわよ」
白々しい私の言葉に、アリスは普段はめったに見せない満面の笑みで頷いた。
あぁ、この状況で見たくはなかった。
未だざわついている生徒たちの間をすり抜けながら、私は溜息を吐いた。
「はぁ、どうして朝からこんなにも疲れなきゃいけないのかしら」
「ほんとにね」
アリスが静かに同意する。
夏の太陽が、私たちをじりじりと焼いている。あぁ、暑い。
……それにしても、奴は私の連絡先まで把握しているというのだろうか。
それか、これから調べるつもりなのか。
どちらにしても、気が重かった。
これから夏休みだというのに、信じられない。
「あぁ!!」
私は夏の青い空に向かって、思いっきり嘆いた。
アリスがぎょっと驚いてこっちを見てくるが、知ったことか!
半分は彼女のせいでもあるのだから、多少彼女の疑問符に答えなかったところでバチは当たらないわ。
ぷりぷりしながら、私はお尻を振って校門を潜った。
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