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男は懐中電灯もつけずに、わずかな電灯の光をたよりに壊れかけている鳥居をくぐった。
社に近づいていくと、光は遠くなり闇が濃くなるが、独り構わず進む。時折、がさりと獣が動く音やギャァと鳥が鳴く声が響くが、物怖じなどしない。
社の前まで来ると、賽銭は入れずに、賽銭箱を持ち上げた。
にやりと笑い、蜘蛛の巣だらけのその箱を抱えてその場を速やかに去ったのだった。
賽銭箱を持った男はおんぼろのトタン長屋に帰ってきた。
蛍光灯をつけた狭い部屋の真ん中で、男は独り、今日の収穫物を涎をたらしそうになりながら眺める。
この男、若いころから盗みを繰り返し、警察の厄介になる常連で、白髪と皺が目立つようになった今も現役をつづけている不届き者である。
その不届き者は、まだ賽銭箱の中を見ていないのに、高額であることを確信していた。
箱の重さがそう思わせていたのだ。
男は楽しみをゆっくりと味わうかのように、そうっと箱を開けた。が――、
「わぁぁぁー!」
男は腰を抜かして座りこむことになった。
箱から人が立ち上がってきたのだ。
それは、白いワンピースを着た髪の長い女。
女は、男を見てほほ笑む。どこか悲しげで優しそうなその笑顔は、幽霊のような怖さを感じさせず、まるで雨に濡れた猫のような悲哀を感じさせる。
ふと、男の口から「おふくろ……」と、漏れでた。
母の面影をなぜかその女は宿していたのだ。
女は男の言葉に首を傾げるとふふと笑い、言葉を発する。
「ここで会ったのもなにかの縁。どうか、ここに置いて下さいませんか」
「ああ、どうぞ」
男は思わず頷いた。
春風のごとく暖かい女の声に、まるで夢でも見ているような心地で。
ちなみに、賽銭箱の中には一円も入ってなかったのだった……。
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