螺子願望

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軸を中心とした回転。そして尖った先端部分より螺旋を成せる。 仮定したさいにもしも階が付属することがあるとすれば螺旋階段の状態について、形状としてはありえるのだった。 例外はあるが方向性として右へ継続した回転をさせることが可能だとしたならば締まるし、左へと回転させれば緩む。 工具店にて市販されている汎用的な螺子という部品において至極、普遍な形状だということは当然のことであった。 仮定としては先だって設けられた穴へと捻じりこむことも、穴の大きさと螺子の螺旋との大きさが素材ごと合致していればそう頑なといったふうでもなしに入りこんでゆくことだろうことなのだけれども。 木の葉の落ちては吹かれ枯れた色彩を既に呈していたとしたところで季節は冬に近付いて例年通り順繰りに巡ろうとしていたのだった。しかしながらにして極東にある界隈の街並み、および北限にしては誠に珍しく秋は名月の欠け始めの砂塵から吹かれること、吹かれること。 中秋は疎かになればあるほどに成り立ちに関係した時候がありとあらゆる有象無象になりつつ。混沌に近しい半ばを過ぎた秋は冬に近いことを日照がない夜半過ぎにおいては気温が告げていたのだけれども。 悉く例年通りに倣った気象にかんしては観測されがちのことが至極当然だとしたところで木製の合板へと開けられた穴へと器具を用いて捩じこまれながらも金属製の螺子は回転を用いた。細かな木屑めいた埃を周囲へと僅かに散らせながらも人為による回転を恙なく。 次々と嵌めこまれてゆく螺子の規則正しい回転、それから螺子を回す度毎に回転の連続による男の恍惚に等しいのではないかと思しき愉悦の表情。幾度も多岐に渡っていた。 主に肉食におけるら夏季を経て左右に生やされた翅同士を擦り合わせる虫ら鳴動するに叙情が雑じりそして。 夜半か、もしくは若干において少し過ぎた辺りの時間帯だった。彼は利き手へと握りしめた器具においてある種の鍵穴でもあるかのごとく金属製の螺子の頭へと合致した器具を用いながらにして。 合板へと金属製の螺子を回転させていた人物が逆光からの黒い人影となりつつ予め街灯より照らされていたのだった。 一本、また一本と螺子を嵌めることに成功する都度ごとに人物の顔は喜色に満ちてゆくのだった。徐々に完成品へと近付く作品といえば自らの造形した芸術作品に他ならないのだったがゆえ、自宅の庭で深夜のこと打ち込むに相応する価値の有無に関わらず満面の意欲であった。 合板については組み立てるにあたり何と如何にして組み合わせるかなどというような些事にかんしては迷いなど欠片たりとて発生するはずもなかったことが自らの矜持でもあったに相違なかったのだった。  加工され磨きあげられたのちに塗料によって塗り立てられた木製においての合板においては部品ごと、若くて美しい女の全身を模ったものであった。  不乱な様相において男は美しい女の全身を組み立てていた。  随分と長い時間を経由してはいたが迷いや追随などを許すことはなく、女の全身を模った合板は人形のように組み立てられ完成へと向けられてゆくようすとしては街路樹越しに照らす街灯からの光によって深夜の暮明へと早朝に昇りつつあった朝陽から照らされがてら全貌を明らかにしたのだった。  合板と合板、継ぎ目と継ぎ目、そして朝陽より日光の照射を経ながら艶然と微笑む鬘を被った女の形状を成した人形がそこにはあった。先程まで合板を組み上げていた男の姿は見当たらない。  合板と合板、そして継ぎ目と継ぎ目から成る人形からは先程までにはなかった人間の血液じみたものが染みていたのだった。  若く美しい女の人形にかんしては化粧をして鬘を被り衣装を着たまま腰掛けていた工具箱から立ち上がった。周囲へと飛び散る赤黒い液体の正体は。  箇所ごとに瘡蓋じみた塊を形成しながら動く都度ごと流れる赤い液体は人間の血液から成っていたのだったけれども。そう。それは紛れもなく自らの身体へと工具を使用し女性の形を組み上げていた。  早朝に昇りつつあった朝陽のもとで予てより自分の身体へ直接のこと開けた穴へと螺子を用いて組み上がった合板にかんしては螺子で固定したままにおいて。  つい先程まで使用していた工具を握りしめながら穴から血を流していたのだったけれども、顔面部分を螺子で固定しながら人形のような部品を身体全体に装着することに成功した彼は満足気に溜め息を吐いたのだった。  霜の降りた朝陽の斜めから差しこむ具合から照らされた女を模した形状の合板製である人形はぎくしゃくと二足歩行において暫くの間において歩行を続けていた。男の自宅である庭でのことだった。  彼自身は屋内に入ることはせずに天から降り出し始めた小雨から合板越しから打たれていた。  合板を飾り立てていた肌色の塗料は元来のこと人間の肌へと用いられるはずの化粧品の類いだった。  流れ落ちるでもなしに合板を飾る化粧品に彩られた部分において描かれた双眸は斑に晴れ間の覗く天空を仰ぎ見たのだけれども、澄ましかえりながらも無表情の合板製における女の形へ組み立てられたそれはある種、生き人形ともいえよう。  慟哭するにあたり「―つ。」と涙が男の頬を伝った。生身において彼は、自らの力で組み立て上げることに成功した後の合板製の人形内へと生存している。斑に雲が浮かぶ晴れ間から覗く陽光の差しこむようす。     了  
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