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アスファルトにより舗装された道路を撫でてゆく冷たく乾いた夜風があった。地表にかんして標高よりは低い温度がゆえに低地へと吹く。切れそうなほど軽くて速い薄い風だった。
細かな砂粒の嵐は砂塵となり巻きあがったのちにある程度、傀儡毎に発生していた旋風へと向けて中心部に抱えている風と風との鬩ぎあいにかんしては方向性の相違により絡み合う。隔てられることない平地における舗装された箇所において漠然と巻きあげられていたのだったけれども。
燈された灯りの紫外線へと夜の光に呆けた蝉が余力のあまり鳴いていた。
薄くて速い流行歌の旋律から成る音程へと刺激されつつあるかの蝉の群れは強い紫外線を発する灯りへと惹かれて。強い生への渇望から過ぎゆく夏を惜しむ詠唱を続けていたのだった。油蝉は細やかな羽虫の群れと合いまり売店の硝子窓へと張り付き夏の暮れを察していた。
駅前に在る売店の常夜燈へと集い透明な硝子窓へ幾度となく身をぶつけていたのだった油蝉らの一部は焦げたような音階にて鳴き叫ぶものであるのだと、地べたへと仰臥しながらにして駄々をこねる幼い児のように足掻いていた。
既に飛翔する能力には足らない彼らそして彼女らは地熱により温められ一時的な体力を得ていたにも関わらず、地上へ寝そべったままの自らには他者からの屈辱を見做しながら懸命に飛び立とうとしていたのだった。
それらは徒に日中になれば太陽から発される光から干されて体力を失ってから死に至ることが定められていたのに間違いないのだった。
冷めやらぬ夜風においては地上へと人間が為した舗装された箇所の地表の温度を冷ましてゆくことから多かれども少なかれども国道沿いへと位置されている街路樹から飛び立っては硝子窓へと衝突するなり張り付くなり彼らは所詮、虫としての本能に従い光を追い求めていた。
ガードレールの白い縁へと腰かけたままカフェインの入った炭酸飲料のアルミ製によるプルタブを親指の先端を使って開けた少女は地元の中学校においての制服を上下で着用したまま、手持無沙汰に歩道を行き交う人々を眺めていた。
徒歩もしくは自転車だった人間たちは皆が皆、五体満足における二足歩行を遂げてその場を足早に過ぎてゆく。未だ鳴りやまぬ油蝉の詠唱にかんしては少女の聴覚へと張り付いたかのごとく鳴り続けているのだった。
少女はガードレールから隔てられた車道にかんしてのヘッドライト、テールライトの渦中と何かしら関連付けられながら割れたての硝子の些末における尖った三角形が地面へと散らばっていたのだった。発光ダイオードによる信号機の赤、青、黄の光から角度によって乱反射する硝子片の罅と角度によるきらめき。
日本酒の銘が印刷されたラベルの張り付いたそれには羽虫の類いが集る。
上空へと分厚く群がり始めた黒雲は十七夜の月光から照らされていた。
先程まで凪いでいたらしき大気中における天を往く風の流れは大まかには北へ北へと安定した動きによって上空においての大気を緩慢に移動させていたのだった。
噎ぶかの蝉ら。啜り泣きのように嫋々と鳴いては昼間とは違った声明を発する。ガードレールに腰掛けたままにおいて茶色をした硝子瓶の開け口から炭酸飲料を飲み干そうとしている少女の履いた制服のスカートから伸びる脚は細くて白かった。
しかしながらも常夜燈からの灯りに照らされながらも飛び交う羽虫の類いからしてみれば、猶予の有無に関わらずとも儚さとは如何様にして人の心を動かしうる情感を多様化させながら。暫し残像のごとく点滅を繰り返し始めた交差点の赤信号とあれば人気もあらずして深夜帯と時間としては示唆されてあり。
スポーツブランドのロゴが入った鞄を掛けた片方の肩に掛かった後ろ髪をヘアゴムで括り直した彼女は腰掛けていたガードレールから退いてから刹那のこと物憂げな表情を浮かべ、細い道を歩きだした。
陰りつつある月光からは強い光が放たれていた。人間の血液を吸ったかの緋を湛えた大きな月へと群がる暗雲より漏らされている筋とも帯とも形容できよう地上へと延びる長い放射状の光は点滅している赤信号と相まって路面を照らしていたのだった。
旋律の薄くて拍子は速い音楽と蝉の嫋々と鳴く音階にかんしては、平成の夏において時代を象徴しているかのごとくじょじょに陰る十七夜の月を自らの意志により覆い隠そうとするかのごとく。黒い暗雲については雨雲かのようでもあった。
傀儡として群れを成していた雨雲は濃度を増してから天を覆いつつ満遍なく嵩を増すことを辞めようとはしなかった。
宵の更けるごとに段階を踏んで風向きによって齎されつつあった湿気により砂塵の舞い上がらせていた地表へと吹く強風は収まりつつあった。降水の気配について気が付きつつある夜道を歩く少女にかんしては倦んだ眼差しにおいて気怠げな動作で夜空を見上げたのだった。
嘆息してから暫し。そして、のちになってからある程度のこと張本人からしてみれば気付きかねないであろう雑多においての。
日常生活をば日々恙なく送るにあたり、それは例を挙げれば限がないことに相違はなくてまた、それらは歩みを進める最中においての一人の少女にとってあらん限りの雑事だということにたいする放置しても着手しようが大差はない些事であることであるふうに処理されていた。
黒のヘアゴムで括った長い髪の毛を左右に揺らしながら学生鞄を肩から掛けていた少女は、不意を搗かれたような所作によって背後を振り向いた。周囲には人気など居りはしないことに安堵したかの彼女は再度のこと歩きだす。
陰り出してから間もない月光を遮る雨雲だった。しかしながらにして路線上に点在する街路灯から照らされた道程は自宅まで続くものだろうが未だ鳴きやまない夜の油蝉の発す音階が湿り気を帯びながら冷えてきた夜風に吸いこまれるかのごとく鳴り止みそうでもあったのだった。
湿り気を帯びた砂塵は。上空へと向けて舞い上がるさまを辞めていたのだった。
小雨が降りしきったのちになってから晴れ間に月光はさえざえとした様相を示していたのだけれども、油蝉は陽が昇れば再度のこと他の者らと鳴きだす。八月も半ばに差しかかった夏の暮れのことではあるのだったのだけれども。
薄くて速いステレオから発される音楽の群れはヘッドライトとテールライトの点滅と共に近付いては遠ざかり、そして人が乗車していた車の群れが群れとして費えると同時に音同士が重なり合わなくなるのだった。
駅前にて二十四時間営業の売店からは相も変わらずに薄い旋律の速度の早い拍子に合わせた音階の甲高い女の嗄れた発声が漏れていたとしたところだとしたって。
了
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