だから私は小説が書けない

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 新しいPCに買い替え、初めての執筆作業。私は一呼吸挟んでキーボードに指を置き、FキーとJキーのポッチを探り当てた。いよいよ最初の一文を入力する瞬間ーー 『文字列侵略による抵抗を開始します』  一瞬だがはっきりと浮かび上がったその文章を、私は見逃さなかった。  また来やがったな。  我知らず舌打ちし、額を手で支え、もはや恒例行事と化したストーリーキャラクターたちとの戦いが今回も繰り広げられることに頭痛さえ覚えた。今のところ一勝一敗。ところがその一敗のおかげで私の当面の生活費が貴重な貯蓄から削り取られる羽目に陥っている。  一度目は、テキストエディタに紛れ込んだ珍しいバグだと思った。二度目は、先代のPCが呪われたのだと思った。そこでPCを買い替えたわけだが、結果がこれである。もはや私が呪われているとしか考えられない。しかし筆を折るわけにはいかない。ようやく手にした新人賞、そして期待の二作目刊行というチャンスを、逃すわけにはいかないのだ。  今作の概要はこうだ。冴えない男子高校生の主人公が、勝気で恋を知らないヒロインの女子高生に、その場の勢いで「一週間で恋に落としてみせる」と宣言することから物語は始まる。主人公は吊り橋効果を利用してヒロインにアプローチするが、当然、目論見はことごとく外れる。一方でヒロインは道端の占い師から「一週間で誰かを好きにならないと死ぬ」と予言されてしまう。ヒロインは占い師の言葉を一笑に付したものの、どんどん死への恐れが募っていき、なんとか主人公を好きになろうと心を傾けていく。ところが、お互いがお互いを知れば知るほど嫌な部分が目についてくる。例えば口癖、例えば仕草、例えば食事の作法……。小さな積み重ねがお互いを恋心から遠ざけていく。それでもプライドと生命を賭してふたりは恋を始めなければならない。そんな時、ヒロインは主人公へ宣言するのだ。 「私はあなたのことを 段  々 好き に      な            る」  セリフを打ち込んだ瞬間から作家と作品との攻防戦が始まる。このヒロインはどれだけ恋に落ちたく無いんだ。「好きになる」という一言を打ち込むためだけに私は大量の指の筋肉からエネルギーを放出し、額に汗を滲ませ、呻き声を上げるほどの抵抗を示さなければならなかった。ヒロインめ。フィクションとは言えこのチャンスを逃せば、お前は即座に死ぬか、良くて残り一生を孤独に老け込んでいくだけなんだぞ。もともとお前は高飛車な性格で、高嶺の花に止まってそのまま枯れ落ちてしまうような性格なんだ。そんな性格が主人公の懐柔によって愛らしさを持ち、暖かみを漂わせ、どんな時でも負けてはならぬという強みに変わるんだからな。  とにかくターニングポイントであるヒロインの宣言シーンを書き切ることができた。次はふたりを繋ぎ止める事件、ふたりを繋ぎ止めるキーパーソン、即ち番狂わせの登場だ。この人物は好きになった相手が必ず非業の死を遂げてしまう特殊体質の持ち主で、当然のようにヒロインを好きになってしまう。彼の特殊体質を示すために、約一名、犠牲になってもらわねばならない。彼に愛された少女は階段から転げ落ちて死んでしまい、それを主人公とヒロインが偶然目撃してしまうのだ。主人公とヒロインは、青年が突き飛ばして殺したのではないかと疑う。そこで初めて三人に接点が生まれる。そのためにここはひとつ、派手に少女に死んでもらおう。 「そして少女は、階段の踊り場でくるりと一回転してみせ、そのスカートのひらめきを見せつけた。この時、もし昨日雨が降っていなければ、もし少女が新品のサンダルを履いていなければ、不幸は起きなかったかもしれない。ターンを決め損ねた少女は  階   段    を     転げ      落ち       るよ      うに       して         何とか受け身を*体は*取り*バランスを失い*私の*少女の*安全が*命を 」  待て待て待て、お前、どう見たって転げ落ちていないじゃないか。普通に階段を降りているんじゃないか? しかも一回、途中で身軽にジャンプしただろう。この被害者はどうしても生き残りたいらしい。ところがここで死んでもらわなければ事件が始まらないのだ。事件が始まらないからにはこの物語も盛り上がらない。どうしても私はお前に死んでもらわなければならない。文章に再介入しようとして方向キーを叩くと、今度は逆方向にカーソルが動いていった。 「青年は己の罪を嘆きいざ詫びんと己の体をその名の通り/切/り刻/み/青/年/という/アイデ/ンテ/ィティさ/え」  ちょっと待った、なぜ青年が死のうとする? お前は何としてでも生き延びろ、生き汚くても構わないくらいに生きろ。私は必死の抵抗宜しくバックスペースキーを連打して、青年という記号そのものが消えないように文章の進行を食い止める。お前に自殺というパラメータは無いんだ、勝手に死のうとするんじゃない。 「##そろそろ俺も文章に登場したいんだがまだか?」  主人公が直接、しかも気軽に作家へメッセージを送ってくるんじゃない。私はこちらの文章をこそバックスペースキーの刑に処して無かったことにする。  そのうち、勝手にキャラクターたちに文章を食われてプロットが滅茶苦茶になったり、或いは朝起きてみたら原稿がまっさらになっていたり、そんなことがあるやもしれないと考えると、おちおち眠ってもいられない。とにかく私はデータのバックアップを大量に取り、プリントアウト、USBメモリ、クラウドデータ、果てはフロッピーディスクまで取り出してデータを分散させ、キャラクターたちが一丸となって物語そのものを破壊しようとする目論みを止めねばならなかった。データを分散させておけば、ひとつくらいは運良く生き残っているかもしれないし、全ての媒体が同じ結末へ辿り着く可能性も低いだろう。プリントアウト等のアナログな保存状態では自由度が俄然落ちるらしく、文字が蠢いて文章を多少乱したり、乱丁・落丁・誤字脱字レベルに留まるに過ぎない。そうして生き残った記号、パラメータ、フラグを寄せ集めて物語を修復・再現し、小説という体裁を取り繕わねばならなかった。これではもはや廃材アート、モザイク画の領域だが、クリエイターの範疇にとどまっている分いくらかマシかもしれない。ーーいや、こんな執筆環境を受け入れてはいけない。小説とは言わばオーケストラ、作家の執る指揮棒に合わせて楽団員たちが曲を奏でるのだ。てんで好き勝手に曲を演奏したのではチンドン屋と変わらない。いや、キャラクターたちが作家に抵抗しているという一貫性がある以上、これは指揮者に対する楽団員たちのストライキなのだろうか? なぜストライキを起こすのだ? 私はそんなに悪虐非道なプロットを立てただろうか、否、ストーリー性を求めるにしても比較的奥ゆかしいレベルの事件しか起こしていない。それではなぜ、私の作品ばかりこうも抵抗が激しいのだ? 受賞作家のあいつもあの人も、かつてはあの文豪さえも、同じ目に遭いながら大作を書き上げたというのか? そんな話は聞いたことがないし、現実にあればそれこそ創作の良いタネである。なら、私が陥っているこの状況は何なのだ? キャラクターたちが抵抗しプロットから外れ文章を捻じ曲げるこの現象を、私はどう解決しろと言うのだ? 無論、前述した通りのバックアップ方式で、断面が滅茶苦茶なジグソーパズルのように組み立て直すことは可能である。が、一度くらいは私だって、抵抗に遭わずすらすらと文章を打ち出して、さながら美しい絹布のように小説を織り上げてみたい。  けれどーー仮にこの現象が私の身だけに降り注ぐ悲劇であるなら、キャラクターたちとの攻防戦の果てを見てみたいという気持ちもあった。最後に残るのは無数の文字の残滓か、一編の小説か。何をもって作家側の敗北と定義するか。私の勝利とはキャラクターたちの無抵抗の先にあるのか。 「##独身貴族の人生を謳歌したい」  ヒロインの声が上がった。さながらSNSのメッセージがポップアップしたかのようだった。お前そんな人生設計で良いのかと若干の不安が過る。ところがヒロインの声を皮切りに、ポツポツとエディタ上に文章が浮き出てきた。 「##死にたくない」 「##普通に恋をしたい」 「##ヒロインは正直、好みじゃない」 「##こっちだってお断り」  私の設定とは真逆の願いじゃないか。正直、キャラクターたちの勝手気儘さに呆れた。こっちはカウンセラーでも何でもない、しがない駆け出しの文筆家なんだ。好きに書かせてくれ。  試しに、初めの一行目で定義づけを行なってみようと思った。 「これは、私による私のための、私が書く小説である と、いう書き出しの小説が散見されるが、それは作者の厚かましいエゴでしかなく、登場する我々キャラクターの人権を大いに侵害するものである。此処に我々登場キャラクターたちは、それぞれのキャラクター人生を自己決定の権利をもって自由に謳歌することを誓い、またそのためのいかなる文章的抵抗も顧みないことを宣言する」  ものの見事に犯行声明文に書き換えられてしまった。一作目の連中は様子見しつつ一進一退の攻防戦で済んだが、二作目のこいつらはなかなかに自我が強いらしい。とにかく犯行声明文を消去し、ついでになけなしの定義文も消去し、私は鼻を鳴らして画面を睨めつけた。 「ここに、ひとりの作家がいた」  おもむろに文章がタイピングされた。無論、私の手によるのではない。連中の仕業だと分かって、バックスペースキーに手を伸ばしたが、少し興味が湧いてそのまま見守ることにしてみる。 「無名の作家は今、我々登場人物たちによる轟々たる非難をたかを括って眺めながら、その足元が掬われる瞬間を待っている」  確かに私はPCの前に座して状況を見守っているが、足元を掬われるつもりはない。私は続きの文章を待った。 「作家は、そこにはいない。  我々と同じ大地に座していた」  瞬間、私は無限に広がる3Dパースのような画面に放り出された。辛うじてx軸とz軸の成す平面に座れているが、y座標をいじられたら何処までも下方あるいは上方へ行けてしまいそうな、何もない空間だった。  しまった。連中、とうとう作家を物語の中に連れ込むという御法度を犯しやがった。これは作者自身を「作者」に符号化して物語の中に取り込む禁忌中の禁忌だ。ここで符号化された作者は物語を書き換える権利を持つと同時に、登場人物たちに書き換えられるという義務も負う。登場人物の言動が私に干渉する隙を与えてしまう。  私の周囲には、私を語る無数の記述が浮かび上がった。私の容姿、私の口癖、私の振る舞い、私の人生ーー文字が積み重なって言葉となり、やがてむくむくと文章へ成り果て、私という存在をビットの世界へ圧縮していく。  とにかく私は抵抗のために、危、殺、死といったこの身が危ぶまれるような文字を片っ端から文章の外に放り出していった。意味を持った文章は殺意を持って私を殺しかねない。文字をダルマ落としのように投げ出しながら、言葉のナイフが自分に向けられていないか注意を配る。これではまるで劇中劇、箱庭の中の箱庭遊びだ。どうにかして私はこの空間を脱出せねばならなかった。  私は今、辛うじて、三次元空間に留まっているらしい。そこで私は登場人物たちを二次元空間に留めておきながら、時間軸の加わった四次元空間への浮上を試みなければならないわけだ。私は大声で登場人物たちの状況を説明した。 「「作家を取り込もうとした登場人物たちはしかし、物語の先を知らない。事の顛末を、己の行く末を。故に##そんなことはさせない##この物語を紡げるのは**が侵入を開始しました**作者しかおらず、##二次元空間まで落とせ##作者に己を委ねる/他は/で/き  /な  い」」  私の状況説明ももはや物語の一部として組み込まれてしまったようだが、登場人物たちの全力の抵抗にも屈さず、とにかく自身の次元の浮上に意識を集中させる。 「「作者とはそも、何なのか」」  文章がポップアップする。哲学が好きな奴がいるようだが、そんなパラメータを与えた人物などいただろうか? しかし哲学的思考は私自身を、作者という符号の存在を曖昧なものとし、更に低次元の空間に引き摺り込もうとする感覚が体を貫いた。「「「私自身が言葉に変換され文章に圧縮される」」」「「「私という存在が虚構になる」」」「「「私はビットの世界に変換される」」」  ここまで私はタイピングを続け、ようやく一息つくことにした。物語が四次元から三次元へ、三次元から二次元へ、空間を移動し符号を変えていく小説は、難解で読者を選ぶ。だが、好きに書かせてもらう約束を編集部に取り付けた以上、私は好き放題に書かせてもらうつもりだった。  エディタの画面をスクロールし、ざっと読み返して矛盾や破綻が無いことを確認してから、さて続きの文章は、と首を捻らせた。  二次元空間まで圧縮された「作者」は文字の世界を泳ぎ、登場人物たちと直接対面してそれぞれの願いをヒアリングし、彼らにおもねらざるを得なくなる。彼が通常の生活に戻るにはそれしか無いのだ。これによって出来上がる物語は当然、平々凡々とした日常を描いたものになる。「作者」は期待の二作目がハズレになったことに落胆すると同時、己の存在が四次元空間に戻ってきたことに安堵するーー。  私は一呼吸挟んでキーボードに指を置き、FキーとJキーのポッチを探り当てた。いよいよ次の一文を入力する瞬間ーー 『文字列侵略による抵抗を開始します』  一瞬だがはっきりと浮かび上がったその文章を、私は見逃さなかった。
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