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〈1〉ずぶ濡れ坊やの奇妙な名乗り
「叔母ちゃん、雨が降ってるぞ!」
1944年、6月。
重々しく雨の降る山奥の村の、とある一軒家から少年の苛立たしい声が響き渡った。
ガラッと引戸の玄関を開けて出てきたのは、黒い学生帽がよく似合う、絹の白い袖無しシャツと黒ズボンと下駄を身につけた、やや吊り眼の男の子…
青山鷹、この年の夏で15歳。先程の声の主だ。
続いて、割烹着をまとった中年の女性が出てきて、鷹に言った。
「お前が早く迎えに行かないからいけないのさ、鷹坊。
悟くん風邪ひいちまうよ。ほら、この傘を持って早くお行き」
「わっ、ボロボロ…穴だらけじゃないか」
鷹の叔母、幸代から渡された番傘を広げて、鷹はしかめっ面をした。
「俺まで風邪ひいたら叔母ちゃんのせいだからな!」
そう言って鷹は雨の中を走り出した。
「あれが、あのおとなしい雪絵ちゃんの息子だとは…とても思えないねぇ」
鷹の背中が霞んで見えなくなった頃、幸代はそうつぶやいて屋内に引っ込んだ。
…
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