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◇◇
「おい! 見ろよ、美乃里! これも旨そうだぞ!」
「ほんとね! お芋がごろりと入った芋羊羹かぁ」
「ちょっと一つ買って味見してみようぜ! 本当に旨かったら八尋に買っていってやろう!」
「もうっ! ……仕方ないわね」
「「うっまーーい!!」」
こんなことを繰り返すこと、既に4件……。
気づけば両手はお土産のお菓子でいっぱいになっている。
楓庵のアルバイト代が出るようになったからといって、お金に余裕がある訳じゃないのに、「八尋さんに美味しいものを!」と考えると、ついつい買っちゃうのよね。
しかも川越には色々なお菓子屋さんが多いんだもの。財布の紐が緩んじゃうのも仕方ないと思うの。
はじめは渋々だったソラも、今は目を輝かせている。
さてと。芋羊羹の次はどうしようかしら。
そう首をひねらせていると、ソラが眉をひそめた。
「なあ、美乃里。そろそろ帰らなくていいのか?」
「へっ?」
ちらりとスマホを見ると、いつの間にか午後4時を回っている。
「いけないっ! もう戻らなきゃ!」
慌てて楓庵の方へ踵を返した。その告げた瞬間……。
「ワンッ!!」
太くて低い犬の鳴き声が耳に飛び込んできた。
何事かと顔を向けると、人通りの多い歩道のど真ん中でゴールデンレトリバーが、落ち着きなくウロウロしている。言うまでもなくリードにつながれてはいるものの、飼い主の若い女性は完全に振り回されていた。
「エトワール! そっちじゃないって!」
私と同年代くらいだろうか。ふんわりとしたボブカットが良く似合う可愛らしい人だ。ゆとりのあるニットにロング丈のアウターを羽織っている。だが私が思わず「あっ」と声をあげてしまったのは、彼女の左肩にかかったバッグにピンク色のマタニティマークがついていたからだ。
つまり彼女のお腹の中には赤ちゃんがいる。
でもゴールデンレトリバーはそんなことなどお構いなしに、彼女の言うことを聞かずにあっちこっちへ引っ張っているのである。
「ねえ、ソラ。どうにかしないと、彼女のお腹の赤ちゃんに良くないわ」
私がソラに話を振ったのは、これまで彼が『黄泉送り』をする時にペットを意のままに操っているのを見てきたからだ。
当然、彼らは霊魂だったわけだけど、ソラなら暴れているゴールデンレトリバーを上手にコントロールできるのではないかと直感したのだった。
けど彼は全然乗り気じゃないみたい。
「へんっ。知ったことか! ろくに世話もできねえのに、犬を飼うなってことだよ。それにあいつらは俺たちと何の関係もないじゃねえか! 余計なお節介かもしれねえだろ」
吐き捨てるように言って、そっぽを向いてしまった。
確かに彼の言い分も一理あるかもしれないけど、このまま放っておくわけにはいかない。
でもいったいどうすればいいのだろうか……。
そう思案していると、彼女の口から驚くべきことが聞こえてきたのである。
「楓庵はそっちじゃないのよ! お兄ちゃんに会いにいくんでしょ!」
私とソラは目を合わせる。
そしてニタリと笑った私を見て、ソラは頭をかきながら「しゃーねえなぁ」と言って、ゴールデンレトリバーの方へ足を向けたのだった。
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