腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を

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   *** (今日もやっぱりいる…)  居並ぶ学生の中に唯輔のプラチナヘアを見つけたぼくは、気まずい溜め息を漏らした。  今日も学食での昼食は無しだ。大好物である味噌ラーメンの三十円引きチケットは有効期限が今日までで、夕方まで授業が詰まっているぼくは今を逃したら使いそこなう。じわりと口の中に広がる苦みを飲み込みながら、ぼくはチケットを握りつぶした。 「何、やってんだ?」  宗太と唯輔に気づかれないよう、極力目立たないように注意しながら学食の入り口でそわそわしていたぼくに、背後から声がかかった。肩を震わせて振り返ると、三上さんだ。 「往来の中で不審者っぽい挙動をするなよ。目立ってるぞ」  そうなのか。狙いが外れてなんとも無念な気分になる。 「高橋がいるからか。なるほどなあ」  ひょいと中を覗いた三上さんは、聡くぼくの状況を察知する。この人はぼくが二週間前に宗太をふったことを知っているのだった。 「顔を合わせたくないのか」 「うん」  だって気まずいもん。 「お前、引っ越し先、決まったのか」  そしてぼくが宗太の家を出ようとしていることも、この人は知っている。 「…まだ」  ばつの悪さに視線を側めて答えた。本来なら保護司だった塚原さんに相談すべきところだけれど、なんとなくためらわれて連絡できていないのだ。  正直に言ってしまうと「やっぱりね」という顔をされるのが嫌だった。 『好きな人の家の里子になって一緒に暮らす? お互いに好きなうちはいいけれど、関係が壊れた時に、つらい思いをするよ』  そう警告していたのは塚原さんだ。塚原さんが、「ほら、いわんこっちゃない」とぼくに足して思うのは勝手だ。けれど、いつかぼくみたいな境遇の子が彼の前に現れた時、ぼくはその良き前例として使われてしまうだろう。その子の希望や行く末を邪魔することにもなりかねない。それが嫌だった。 「ちょうどいい。昼メシ、部室で食おうぜ」 「でも他のチームが練習してるんじゃない?」  ぼくは気を回して問いかけた。軽音部の部室は昼食の時間帯は練習で埋まっているのだ。 「俺がとってる。ドラムの練習したくてさ」 「じゃあ、ぼくなんかほっといて、そっちやりなよ」 「それをしたくないから、こうして誘ってるんじゃないか」  呆れ口調になる。この人はよくよくぼくに呆れるらしい。 「今日はあとで練習するじゃない…」  ぼくは口をすぼませた。今夜は三上さんと練習をする予定だったのだ。ぼくたちは週に二回と決めて落ち合い、例の曲の音合わせをしているのだった。 「コンビニでメシ調達してから行こうぜ」  勝手モードに入った三上さんは、ぼくの返答などおかまいなしに計画を立ててしまう。特別他にすることもないぼくは、しかたなしに付きあった。コンビニに寄ってから部室に行き、キーボードの蓋をテーブル代わりにした。 「話ってのはさ」  三上さんは唐揚げ弁当の蓋を開け、カバーを外したおにぎりの半分を一口に納めた。この人は他にも肉まん二個と焼きそばと、親子丼も買っている。相変わらず豪勢な食欲だ。 「棲むところが決まらないようなら、しばらく俺の部屋に来るか」  思いがけない申し出に、ぼくはきょとんとして彼を見つめた。  三上さんは頬杖を突きながら咀嚼しつつ、心持ち試すような視線を向けてくる。そこに何かしらの底意があるようにも感じられたけれど、心身ともに疲弊しているぼくは思考を深めるのもままならず、「そうしようかな」と呟いていた。
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