母はヒマワリ

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母はヒマワリ

母さんが死んだ。 末期がんだった。 最後の最後まで笑顔を絶やさない母だった。 僕は毎日母さんの病室を訪れた。 どんなに辛くて、どんなに苦しくても僕が行くと必ず笑顔だった。 それなのに父さんは仕事が忙しいからと、母さんのお見舞いには行かなかった様だ。 「くそ親父・・・・。」 僕は初めて父さんを恨んだ。 始めて入院をした7月上旬。 僕は母さんにヒマワリを持って行った。 「まぁ、きれいね。」 「いいでしょ。母さん好きだって言ってたし、病院の中でも明るくなるかと思って。」 「ありがとう。ちゃんとお水も変えてあげなくちゃね。」 「大丈夫。毎日お見舞いにくるから。」 「いいのよ無理しないで。」 「無理なんかしてないよ。それに比べて父さんは仕事だから頼む!だってさ。」 「あの人は昔からああだからいいのよ。」 「それは母さんが元気だったからそれで良かったけどさ。こんな時くらい・・・。」 「いいの。また母さんすぐに元気になるから。お父さんの事大事にしてあげてね。」 「・・・わかってるよ。じゃ、俺また来るから。」 「ありがとね。気を付けてね。」 それから毎日かかさず僕は母さんの所へ見舞に行った。 七月下旬。 病室に行ったら母さんがいなかった。 暫くすると看護師さんと戻ってきた。 「母さんどうしたの?具合でも悪いの?」 「大丈夫だよー。心配しないで。それより今日も来てくれてありがとね。」 それから少しの時間母さんと話をした。 「じゃ、俺そろそろ行くから。」 「あぁ、気を付けて帰るんだよ。」 部屋を出た時、母さんの担当医の人に呼び止められた。 「お母さんの容態ですが・・・どんどん弱まっていっている状態です。以前もお話しましたが、あまり長くはないでしょう。最後まで最善の努力は尽くしますが・・・。」 「えぇ・・・わかってます。・・・わかっているつもりです。どうか宜しくお願い致します。」 家に帰ると、酒を飲みながらテレビを見て笑っている父さんを見て強くあたってしまった。 冷静になれば、かなりひどい事を言ったと思う。 父さんは何も言い返さず、下を向いていた。 八月上旬。 母さんの顔色はどんどん血色が悪くなっていた。 それでも母さんは無理をして笑っていた。 「あれ?このヒマワリすごい元気だね?未だにしっかりと咲いてるよ。」 「・・・あぁ・・それは・・・ゴホッ!ゲホッ!」 「母さん!大丈夫!?母さん!すみません、すぐに来てください!」 僕はコールボタンを押して看護師さんを呼んだ。 その日を境に母はどんどん弱っていった。 八月下旬。 母さんは息をひきとった。 僕は泣けなかった。 何故だろう。 また明日母さんに会える気がしていたんだ。 さよならじゃなくて、またね!って。 通夜も葬儀も行い、親戚家族と自宅にきて母の荷物を整理している時だった。 「あれ?これ何かしら?」 親戚の叔母さんが病院にいた時の母のカバンから手紙を取り出した。 「これは・・・なんでしょう?ちょっと貸してください。」 僕はゆっくりと手紙を開いた。 【この手紙を最初に読むのは誰かしら?なんてそんな事を考えながら、私は今この手紙を書いています。 不思議な事に、もう長くない事を分かっていながら、死を待つ事に恐怖を感じていません。 どちらかというと、残された家族がちゃんとやっていけるかどうかが心配でたまりません。 私がいなくなってもご飯はちゃんとつくって食べてくださいね。 お父さん。 お父さんと出会って恋をしてからの30年間、私はとっても幸せでした。 お父さんのどこか頼りなさそうに見えて、それでも頑張って引っ張っていこうとする姿、私は本当に大好きでした。 ぶっきらぼうに見えるけれど、こっそり私を気遣って無口で優しくしてくれる所、私は本当に大好きでした。 私に今まで注いでくれました愛情を、家族思いの優しい巧に全て注いであげてください。 お父さんもどうか、お身体に気を付けて。 巧。 本当に毎日、お見舞いに来てくれてありがとうね。 自分のお仕事もあるし大変だったろうけど、母さんは毎日少しづつ大人びていく巧の姿が見れて本当に嬉しかったよ。 実はね、巧がくれたヒマワリは一度枯れてしまったの。 本当は内緒にしていてくれって頼まれてたんだけどね、お父さんが変わりに持ってきてくれたヒマワリと交換したの。 お父さんね、巧の前で心配する自分の姿が見られたくないって言って、いつも巧がくる前の時間に来てくれていたのよ。 そんなうまく出来ないお父さんの事、しっかりものの巧が支えてあげてね。 私の人生、たくさんの事があったれけど、この家族でいれた事を心から幸せだったと誇りに思います。 愛する家族へ】 僕は涙が止まりませんでした。 親戚の叔母さんが僕の背中をさする中、鼻水と涙でくしゃくしゃになるくらい僕は母さんを思い、思い切り泣きました。 そして僕は父さんの隣の席に座り、父さんのグラスにビールを注いだ。 僕はコップを持つ父さんの手を見て、 「父さん・・・歳・・・取ったな。」 「・・・お前もな。」 そう言って父さんは、僕のグラスにビールを注ぎ返してくれた。 母さん、どうか心配しないで。 僕と父さんはちゃんと、元気でやってます。                               ~完~
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