かつて神と呼ばれし者

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 …ふと気づくと、たくさんの生命があり、私と「彼女」は神と崇められていた。    今、考えると、私には性別がなく、おそらく「彼女」もそうであったように思うが、人の中に入った私が私とは別のもう一人ー神と呼ばれていたものーを思い返すとき、やはりその者は「彼女」と呼ぶのか正しい、と思うのである。    その者(「彼女」)にはどこか人間で言う所の「女性らしさ」ー優美というのだろうか?ーがあったように感じるからか。   私の意識が芽生えた時と同じ様にしてある時、ふと気づくと、私は人間の身体になっていた。  しかし、普通はひどい扱いー例えば奴隷とかーを受ければ、痛み(私には解らない)とか恐怖(同様に)を感じているようだのに、私は特に何も感じない。    おそらく、それは、私が本来の身体ではない「人間」という生物の中に意識だけ入ってしまったからか、もしくは、私がそもそもそういう人々の言う"感情"を持っていないか、とても希薄にしか"感情"を持っていないか、その辺りなのだろう。    私が「人」の体で目覚めた時、うろうろとそのあたりを徘徊していたら、「おい!お前、何処へ行く?」と青銅のカブトや甲冑を着込んだ兵士に問われた。    私が「何処でもない。」と答えると、彼は顔を真っ赤にしながら、「馬鹿にしているのか!見た所、貧しい農奴のようだが、名前を答えろ!無礼者!」と言われたので「私は"神"と呼ばれている。  それ以外、特に呼び名はない。」と答えると、「このやろう!ふざけやがって!」と罵られ、その後、他の数人の兵士たちに石のブロックで造られた格子のはまった牢屋(それとも拷問部屋?よくわからない)へと連行された。  私は壁の鉄具につながれ、足はブラリと宙に浮いていた。  …しばらくすると、頭からつま先まで白いローブを羽織ったなにやら偉ぶった者がやって来た。  「奴隷風情が尊い神の名を騙りおって。貴様、ただで帰れると思うなよ!」そうその人間は私を罵ると、懐から革のムチを取り出した。    …ブン、ベチッ、ブン、ベチッ、ブン、ベチッ。しわが顔一面に浮かんだ男は一心不乱に私にムチを振るった。  しかし、私は何も感じず、肌にも何の傷もつかなかった。    小半時もした頃だろうか。「ハァハァハァ。…そんなバカな!これだけムチ打ちしても傷一つつかないなんて!」  白いローブの男とそれに従う兵士逹は信じられないものを見た、といわんばかりの表情を私に向けた。    「えぇい!なら火あぶりはどうだ!」ローブの男が私に叫ぶと、周りの兵士逹が私の両手の鎖を解き、また別の場所へと連れていった。    牢屋の辺りを通り抜け、しばらく行った先に人一人横たえられるだけの石の台があった。  そこで、再び手足を鎖で台に繋がれ後からやって来た別の兵士が壺に入った油を私の身体に振りかけた。    ローブの男がニヤリと歪に口を歪めたかと思うと、火打ち石で私に火をつけた。  ゴォォォォッ。瞬く間に私の全身ははげしい炎に包まれた。  しかし、私は痛みも恐怖もなく、ただ、じっと傍らのローブの男を見ていた。  最初、歪にゆがんでいた男の口元はやがて、平坦になり、そして、あんぐりと開きっ放しになった。  ローブの男はその後、炎に焼かれず、じっと注がれる私の眼を見て、何事かを考えていた。    …やがて、ローブの男が兵士たちに命じて、私の身体を取り巻く炎は消され、奴隷女が私の身体をきれいに拭き、清潔な衣服に着替えさせた。  ローブの男はフードを取って、私の足下にひざまづいてこう言った。  「おそれながら、お尋ねいたします。貴方様は私達の神であらせられますか?」と。  私は、ただ、「私は神と呼ばれていた。」と最初の兵士に返した答えを繰り返した。    …それから、どれ位時が過ぎただろう。  私は、白いローブの男と彼が率いる兵団に崇められ、国をどう導いたら良いのか、と問われた。  私は「あるがままに。」とだけ答えた。  …それから、ローブの男の国は隣国との争いに終始するようになり、民衆は嘆き悲しんだ。  「この世界に神はいないのか!」と。    …今、私は荒廃し、廃墟と化したかつての国の城の玉座であった割れかけた岩に座り思う。  「人々は「この世界に神はいないのか!」と嘆いたが、"神"たる私には、痛みや悲しみといった人の「感情」にあたるものがない。  それ故、"神"たる私は、どうすれば、「人」が「救われる」ようになるのか解らないのだ。」と。    …砂漠の中の廃墟の中。神と呼ばれたものが一人。いつまでも、いつまでも。  どこか憂えるような表情で。この世の救いに思いを馳せる…。
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