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01
通行人で溢れかえる歓楽街。
若い男の集団やブランド物のドレスに身を包む女たち、さらには白人、黒人などの外国人の姿も見える。
その中を一人歩く少女がいた。
背格好を見る限り、まだ小学生くらいだろう。
自分の体よりもサイズが大きなMA-1――フライトジャケットを着た少女が街を歩いている姿は、まるで真っ白なキャンバスに垂らされた赤い絵具のようだった。
時間はすでに深夜。
未成年がこんな時間に出歩けば補導されてしまうというのに、少女は眩しいネオンの中を人の流れに沿って進んでいく。
そして、人込みとすれ違った瞬間。
少女の手に持たれていたミニパックの飴の小袋が、上下柄物のパーカーとショートパンツの男によって取られた。
だが少女は何事もなかったのようにそのまま歩き、男は奪った小袋をショートパンツのポケットに入れる。
「おい、そこのダサい奴。ちょっと待てよ」
上下柄物の男は声をかけられた。
男はそのまま振り返ると、すれ違ったはずの少女も声のする方を向いた。
そこには黒いパンツスーツを着た女が立っていた。
年齢は二十代前半くらいだろう。
女性にしては髪は短く、顔は薄めで鋭い細い目をしている。
何か嫌なことでもあったのだろうか。
その顔は、まるで大して仲良くもない人間に過去の自慢話でも聞かされたかのように強張っている。
上下柄物の男は女に近づいて返事をした。
威嚇でもしているのだろう。
まるで映画に出てくるやられ役のような態度で女のことを睨みつけている。
しかし、女は全く怯んでいなかった。
むしろ強張っていた表情が歪んだ笑みへと変わっていく。
「今、そこの子供から飴を取ったろ?」
女はその歪んだ笑みのまま訊ねた。
上下柄物の男はそれがどうしたと、彼女の胸倉を掴もうと手を伸ばすと突如側頭部に衝撃が走った。
そのあまりの痛みに、男はその場で両膝をついて動けなくなる。
衝撃を受けた本人も一体何が起こったかわかっていないようだ。
その痛みは、スーツ姿の女が男のこめかみに肘打ちを喰らわせたからだった。
「そいつを置いてけよ。それで今回は勘弁してやる」
そう言った女に見下ろされた男は、痛みに耐えながら立ち上がった。
すると、彼の周りに仲間がいたのか。
ツーブロックにグラサン、襟足だけ伸びた短髪などの男たちが現れる。
数にして三人。
そして男たちは、あっという間にスーツ姿の女を囲むと、手や指をボキボキ鳴らし始める。
その様子を飴を取られた少女はまだ見ていた。
すでに、路上で喧嘩が始まったと通行人たちは一斉に逃げ始めたというのに、彼女だけはその場から動かない。
「こっちは見逃してやるって言ってんのに……。あんまり暴れると福富ちゃんに怒られんだよなぁ」
スーツ姿の女は何やらぼやいていた。
彼女はこの状況よりも、福富ちゃんという人物に怒られることを気にしているようだ。
そんな余裕の態度が気に入らなかったのか。
彼女を取り囲んでいた男たちが一斉に飛び掛かる。
見ていた少女は、このままスーツ姿の女がやられてしまうと思ったが――。
「すごい、すごい……ッ!」
逆に倒されたのは男たちの方だった。
スーツ姿の女は、まず目の前にいた男へ飛び後ろ回し蹴り。
男を吹き飛ばすとそのまま体を回転させ続け、側面から向かって来ていた相手に蹴りを放つ。
それを見た最後の一人は、女のあまりの強さに足を止めてしまい、そのまま叫びながら逃げていってしまった。
「さてと。おい、そこのあんた。いろいろ訊きたいことがある。ちょっとあたしに付き合ってもらうぞ」
スーツ姿の女は男たちを振り払うと少女へ声をかけた。
少女は怯えるでもなく、女の姿に見惚れている。
先ほどまで閉じているようだった両目を見開き、口までも開いたままだ。
「女のくせに……チョーシこいてんじゃねぇぞぉぉぉッ!」
先ほど少女から飴の小袋を奪った男が、スーツ姿の女に叫びながら飛び掛かった。
その手には隠していたナイフが持たれている。
だがスーツ姿の女は避けようとはせず、男の顔面へ上段蹴りをお見舞いする。
その一撃で男は撃沈。
まだ意識はありそうだったが、もう立ち上がれなさそうだった。
「あん? 女は関係ねぇだろ。ダセェー服着て粋がってんじゃねぇぞコラ。大人しく寝てろ」
だがスーツ姿の女は容赦なかった。
すでに動けそうにない男に足を踏みつけ、その関節をねじ曲げる。
大人しくなった男だったが、その痛みで覚醒したせいか大声をあげていた。
歓楽街に男の叫びが響く中、スーツ姿の女は少女と向き合う。
「じゃあ、改めてだな。あたしは荒川靖子。あんたが持ってた袋の中身について聞かせてもらいたいんだけど?」
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