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「たとえそれがきっかけだとしても、浮気したことが許せるわけではありません」
良一は自分を責めないまゆみに、罪悪感が薄れて、代わりに妻への怒りがわいてきた。
「僕は妻を信じていたんです。確かに関係は悪かったけど、僕は毎日まじめに働いていました」
そう。良一はまじめだった。小さな印刷会社に勤務していて、就業後、同僚と酒を飲みに行くことはよくあったが、朝帰りするような羽目を外したことは、結婚してからはなかった。
それなのに、妻は不貞を働いた。
良一は思い出して、胸が苦しくなった。その日は休みで、同僚と遊びに出掛けて帰ってくると、知らない男の靴が玄関にあった。
首を傾げつつ、二階の寝室に向かうと、妻のくぐもった声が聞こえてきて、気づかれないように、ドアの隙間から中を覗くと、裸になった妻が男の上に跨って、身体を揺らしていた。
その時はあまりのショックで動けなかった。目の前の光景が信じられなくて、怒りの感情すらもどこかに消えてしまった。
あの時は力の入らない身体を操作して、なんとか家を出たが、今でも二人の情事の音が耳から離れなかった。
息が苦しくなり、気分が悪くなる。吐き気がした。
なんで自分は何も悪くないのに、こんな思いをしなければらないのか、良一は妻に裏切られたことが許せなかった。
その気持ちを察したように、まゆみは良一の隣に座って言った。
「許せない気持ちは痛いほどわかります。だから、ここに来たんですよね?」
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