契約

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契約

 テーブルにコーヒーカップを置いた倉田(くらた)まゆみは、ソファーに腰かけながら、同情するように顔をしかめた。 「それはさぞ、お辛かったことでしょう」  同情というよりも、憐れんでいるようにも感じられたが、対面に座る町野良一(まちのりょういち)は、そんな彼女の表情を見ている余裕はなかった。  自分の前に置かれたコーヒーカップを持ち上げて、湯気がまだ残る中身を、勢いよく口に流し込んだ。当然、熱いコーヒーは口内や喉を焼き、全部を飲み干す前にむせて、吐き出してしまった。  それにまゆみはソファーを立ち上がり、良一の側に来ると、甲斐甲斐(かいがい)しくハンカチで汚れてしまった良一の服を()いた。  良一はまゆみの優しさに、少し落ち着きを取り戻した。 「す、すいません。俺……」 「いえ、お気になさらずに。奥様が浮気されたことを考えれば、冷静でいられないのは当たり前です」 「……妻とは最近、あまりうまくいってなかったんです」  特にまゆみが(たず)ねてきたわけでもないのに、良一は親身になってくれるまゆみを信用していた。 「何かきっかけが?」 「多分、タバコだと思います。やめるようにだいぶ前から言われていたんですが、やめられなくて」 「ささいなことから、夫婦仲がうまくいかなくなることはよくあることですよ」  まゆみは優しく微笑んで続けた。
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