プロローグ

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プロローグ

四人のあいだに、新たな息吹が二つ誕生した。私と彼だ。私と彼の両親は、大学のサークル仲間で、卒業後のこともだいたい似たり寄ったりだったという。つまり、私達がこの世に生をうけて出会い、日常を共有することは、ほぼ必然のことだった。少なくとも私は、中学のころまで漠然と思っていた。だから、私達の時間の温度差など、彼がいなくなるまで考えたこともなかった。  『突然、何か大切なものを奪われる予感があるんだ』と、彼のその言葉どおりに世界は二つにわかれ、片方が失われてしまった。    ……私は、32年ぶりにその地に立っている。街の一番高い丘の上にある廃駅からは、水没してからいくつもの年を超えた街が見渡せた。地面はところどころ亀裂が入り、倒壊して流されかけた建物がいくつも転がっている。  自分の記憶と目の前の現実の違いに衝撃を覚え、大切な思い出も砕けていく。昔はもっと人々でごった返し、学生や社会人で賑わっていたはずの街をしばらく歩いていくと、崩れかけた白い建物が、長いながい坂の上に見えた。  ゆるやかな坂をのぼり、二十分。私達が産まれた建物の前に到着する。  廃院となり、どれほど経ったのだろう。建物を囲むレンガは、ところどころ崩れていて、前庭の花壇は雑草に浸食されていた。開いたまま動かなくなった自動ドアを抜けると、コンクリートの床からも雑草がところどころ突き出ていた。  起動しないエレベーターやエスカレーターを通り過ぎ、階段で三階まで行き、廊下の一番奥まで進む。病室の前で、返事がないことを知りつつも、ノックをしてから入室した。  骨が錆びたベッドと、鼻がツンとする空気が漂っている。けれど、射し込む夕陽の色に染まる部屋は、惨劇後の街に似つかわしくない、どこか神秘的な雰囲気もあった。  私は、彼がいたはずの病室で、ピッ、と音をたてる。  『おかけになった番号は、現在使われていないか、電波の届かない――』  ……ああ、そうだ。彼はもう、私の記憶のなかにしかいないのだ。
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