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手紙
寒風の中でぽちりと咲いた梅の花。辺りに漂う沈丁花の甘い香り。そして零れるほどの桜。けれど、どれも君にはあまり届かなかったようだ。その桜がハナミズキにバトンを渡すころ、君は髪を切った。僕は似合うよと、風に震える君のベリーショートを見つめた。
夜になって君は、僕の両親に宛てて手紙を書いた。何枚も何枚も書き直しをしながら、便箋にペンを走らせた。翌々日の朝、手紙を追うように僕たちは郷里に向かった。
出がけに君は、テーブルに置きっぱなしになっていた分厚い結婚情報誌「ゼクシィ」をひとしきり撫でて、ふぅ、と聞こえないほどの息を吐いた。
「ため息吐くと歳喰うよ」僕は微笑みと共に声をかけた。
まだ波と戯れる季節じゃないけど、あの海はきっと、君を優しく迎えてくれる。寡黙になった君を、僕も両親も心配している。あの海も、きっと案じている。
僕の両親の前で、少しだけ笑おうとした君の顔は、努力とは裏腹に見事に崩れた。そんな君にかける言葉を持っていたのは、僕だけだった。
前回来た時もそうしたように、僕のじいちゃんも眠る中村家の墓にお参りをした。君の前髪を揺らした風は、五月の空に線香の煙を舞い上げ、そばの竹林をサワサワと鳴らして過ぎた。
挨拶をすませて東京に戻った君は荷物をまとめ始めた。置いていくべきか持っていくべきか、君を悩ませるものは多かった。
何度も何度もため息をつきながら、ふたりの短い歴史をゆっくりと選別していった。
僕の荷物は打ち合わせ通り両親が引き取りに来る。重い足を引きずりながら、僕宛の短い手紙を君はポストに投函した。
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