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僕の故郷
僕の故郷へ君を連れて行ったのは、出会ってから一年半ほどが過ぎた夏だった。順序が違ってしまった感はあったけど、この季節に行くには海のそばの僕の実家がいいと君も賛成した。
両親との挨拶を終え、息抜きに地元巡りに連れ出した。ハンドルを握る僕の横で日差しを弾いて象牙色に伸びる砂浜と、彼方まで続く紺碧の海に君は感嘆の息を漏らした。なぜなら君の故郷には海がなかったから。
「でもね、車で滋賀県まで飛ばすと」両手を頭上に上げた君は、下ろすその手で大きな丸を描いた。
「海みたいに大きな琵琶湖があるんだよ」君は少し、負け惜しみみたいに口にした。
「琵琶湖って行ったことないけど、滋賀県より大きいらしいね」
「そうなの!?」
「んなわけないでしょうよ」僕はおかしくて、指先でハンドルをポンポンと叩いた。子供をあやすみたいに。
「んだよねえ」海岸線を左にカーブを描いた車の中で、君の頭が僕の左肩に少し触れ、その頭はぐりぐりとこすりつけられた。
「だったら滋賀県の人はみんな湖上の民になっちゃうよねー。県境にあるあたしんちも。そもそもあたし、たいして泳げないし」君はくくっと笑った。
「でも、お父さんもお母さんも、いい人で良かった」
緊張から解放された君は、ほっとしたようにその肩をひとつ上下させた。
「それは珠理奈がいい子だからさ」
いい子? 眼を大きくした君は、てへっと舌を出した。
「海っていえばさ、同じ郷里の友達と湘南に行って、あまりの汚さにびっくりしちゃった」
僕はちょっと君を見た。少し前のめりの君は右手に広がる海をじっと見ていた。「湘南のどこに行ったの?」
「しーのあるところ」
「sea? 海? ……なんで英語なの」
「ていうか、アルファベットのC」
「ああ、茅ケ崎ね。湘南は、僕みたいな海育ちに言わせると泳ぐ海じゃないからね」
「友達がなんとかビーチって」
「サザンビーチでしょ」
「降りてみたい」君は右手に広がる海に身を乗り出した。
「じゃあ、もうちょっと行った先に、入り江になったちっちゃい砂浜があるからそこで降りよう。そこは波も静かでいいところだよ。明日は水着を持って広い海水浴場に行こうよ」
スニーカーを脱いで砂浜を走った君は、寄せては返す波に、飽きることなくはしゃいでいた。僕はその姿をカメラに収めた。
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