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私は母の死顔やお葬式をまったく覚えていない。 ただ小さな位牌と若い頃の写真が整然と並べられた白い机を覚えているだけだ。 私が母を恋しがって泣くと父は必ず、 「ママは天国って言う所に行ってるけど、いい娘にしてればいつかきっと会えるよ。」 私は幼いながら母にはもう二度と会えない事が分かって泣いていた。 私は段々 母の事は言わなくなった。 父を愛し私を産み乳離した頃に全てを置いてこの世から去って行った。 運命はきっとその人に耳打ちする。 私を諦める事なく産んでくれた事。 この海辺で過ごした時間の欠片。 そして三人で過ごした小さな廃屋。 残してくれた物はもうそれだけで十分だ。 沢山の時間は過ごせなかったけれど5歳だったあの夏の日の思い出は今も色褪せる事なくこの砂粒のようにこの場所に散らばっている。 日が落ち闇が足元を覆い始めると心地良い風が私の頬を撫でる。 さっきから私の隣で感じる暖かな気配。 幼子が呼ぶようにママって... もっとママって呼びたかった。
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