散り菊

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「ごめん。お待たせ」 「仕事は大丈夫?」 「うん、大丈夫。ちょっとトラブルがあったけど、スケジュール調整できたから」  夫は琢磨の頭を撫でながら「おー綺麗だな」と柔らかく笑った。 「花火ってほんと風情があるよねえ」 「だよね。幸せな夏の思い出、って感じ」 「わかるわかる。僕も子供の頃、家族でやったなあ」  彼は昔を思い出すように目を細めて「幸せだ」と言った。私も「そうだね」と返す。  不意に、琢磨が私の袖を引っ張った。 「ねえママ」 「どしたの琢磨?」 「この花火ちっちゃい」  琢磨は自分の持っている線香花火を見ながら言った。 「うん、こういうものだからね」 「おもしろくないなあ」  琢磨は物足りなさそうに口を尖らせる。  まあ子供には情緒とか難しいよなあ、と私は心の中で頷く。  それなら、と琢磨を見た。 「ねえ琢磨。ママがいいこと教えてあげようか」 「え、なになに!?」  琢磨は父親譲りの大きな丸い瞳を輝かせて私を見る。  その笑顔は似ても似つかないはずなのに。  忘れたはずの"彼"の笑顔が、一瞬だけ頭の隅で煌めいた。  いつからだろう。  この思い出に、痛みが伴うようになったのは。  幸せすぎた思い出はまるで呪いだな、と苦笑する。  今の私はもう十分幸せなのに、あの時の輝きをまだ忘れられないなんて。    あの閃光に目が眩んで、今の幸せが霞んで見えるなんて、馬鹿らしい。 「線香花火って、繋がるんだよ」 「え、ほんと!」  私は満面の笑みを見せる息子に花火を手渡しながら。  今年もまた、小さな胸の痛みと共に、壊れた宝石箱の蓋を閉める。 (了)
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