1/1

56人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

「花火楽しかったね」 「ああ。次の日昼まで寝たけどな」 「それ関係ある?」 「旅行は行く前が一番楽しい、と同じくらいには」    週明けの月曜日。  隣の席の並木くんは「あはは」と笑いながら言った。私は自分の席に座りながら彼を向く。 「まあでも楽しかった。素敵なひと夏の思い出、ありがとね」 「……あのさ、わざわざ礼とかいらねえよ。なんか波戸だけいい思い出もらえた、みたいな感じになるじゃん」  彼は私と目を合わせた。 「俺だって、いい思い出になったから」  そして彼はすぐに目を逸らした。  それを見ながら私は笑った。嬉しくて、笑った。  聞き慣れたチャイムが鳴る。  ホームルームに備えて私は椅子に座り直すと、ポケットからハンカチが落ちた。隣から「でも」と並木くんの声が聞こえる。 「ん?」 「俺、やっぱさ」  床に落ちたハンカチを拾うために手を伸ばす。 「ひと夏じゃ足りねえよ」  ハンカチを拾う。教室の扉が開く。担任が入ってきて、生徒は少し静まる。  ……いや、そんなことより。 「え、それってどういう」 「さあな」  彼の横顔はそれだけ言った。  話の続きを聞きたかったが、担任の「ホームルーム始めるぞ。静かにしろー」という言葉でこの話は終わってしまう。  そしてそのまま私たちの物語は、夏と共に流されていった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加