見習い「だから来過ぎなんだって

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

見習い「だから来過ぎなんだって

 ああ、何度目だろう。  やたら定期的に来るねえ、この手の種類が。  みんな異世界に憧れ過ぎじゃないの?それとも、時空が歪んで引き摺り込まれたパターンなのかな。うーん、分からん。  とにかく、『似たようなお客様』が多い事。  こっち側に運悪く引っ張り込まれたのは同情するけど、動揺しないでスカした顔して仕方ないからやってやるかみたいな態度をする奴。そのくせ無駄に能力欲しがる。  は?チートが欲しい?  前はモテなかったから女にモテるスキルが欲しい?  はい?最強魔法を最初から使いたい?  贅沢言うな!お前に特殊能力渡す度にこっちは無意味にペナルティ喰らうんだよ!だいたい、備わってもお前ら使いこなせないだろーが!  確かに力を与えるよ、人並み以上の能力をさあ。  でもよ、お前達練習しないでいきなり最強になれると思うか!?  モテたいならとりあえず対人スキル磨け!仏頂面になるな!面倒臭がるな!  ああ、また無駄なペナルティ喰らったよ。  ろくな努力をしない人間を下界に送り出したって…。  次は慎重にしなきゃ。くそ。  神様の端くれだって、そりゃあ悩むのだ。 「帰りたいでござる!!」  …今回はかなり珍しいパターンだった。  見慣れない場所に居るだけで、大体の者は無感動なのに。 「ここはどこでござるか!?ぼぼぼ僕はさっきまで公園に居たはずなのに!!」  辺りをキョロキョロ見回す小太り。  背中にはリュック。何を詰めているのか気になる。  とりあえず、説明だけしてあげないと。 「珍しいねぇ、開口一番帰りたいって言ったのは君が初めてだよ?帰してあげたいのはやまやまなんだけどねぇ。異世界側に来た者はなかなか戻れないんだよ。代わりに僕が、何らかの能力を君にあげるから帰るまでの時間潰しをして欲しい訳」  その来訪者は、甘いものを今までたらふく食べてきたのか、やたら肌はボツボツに荒れていた。健康的には程遠いその姿。  彼はきょとんとした目をして僕を見た。そしてパアッと目を輝かせながら叫ぶ。 「君は魔法少女のマーテルちゃんに似ていますね!」 「…誰だよ!」  マジで、誰なんだよ! 「知らないとな!?確か切り抜きがあったとおも」 「いや、探さなくていい!見せなくていいから!」  リュックを下ろして中身を探そうとする彼に、僕は慌てて止めに入った。  このタイプは絶対話が長くなる。  人物紹介から始まって、家族構成やら何やら、挙句には萌えポイントまで事細かく説明してくれたりするのだ。 「ほんとにいいから!…とにかく君は元の世界に戻るまで、こちらで時間を潰していて欲しい。ただ、こちらは魔物とかが徘徊する物騒な世界だから、僕から君へ少しだけ力を分けてあげられる。もしかしたら命を落とすかもしれないからね。こっちで死んだら、もう元には戻れないのさ」 「夢かな?夢なら別にこのままでもいいのですよ。ここで宝物を眺めてれば目が覚めるだろうし」  …変わってるなー。  大抵の人は勇み出してくるんだけど。 「うーん…残念だけど、君はここにずっと居られるって訳にはいかないんだよ。生か死かの境目なんだ。死ぬ間際で僕が引き止めてる感じだから、ずっと境目で君を引っ張ってられないの」 「は!?わ、我輩は死んだのでありますか!?」 「死んでる訳でもないねぇ。時空の歪みで彷徨ってる状態だ。生きてはいない状態だけど、死んでない。眠ってるに似た状態だね。最近多くてねえ。こっち側で強くなって悪を倒したいだの、世界中の美女を集めてハーレムしたいだの、欲張りが沢山やってくる。まあ、戻れる時まで好きなように過ごしていいよって事。さ、君はどうする?」  彼はまだピンとこないようだ。  それはそうだろう。今まで平和に好きな物に囲まれて生活していたのだから。  今までの来訪者と違い、とにかく大人しく慎ましく生きていきたいタイプなのだろう。 「いやあ、僕は別に何かしたい訳でもないんで」 「下界は危ないんだよ?せめて武装したいとか言ってくれないとさあ、あまり死人出したく無いんだよね」  ここまで説明しているのに、まだモゴモゴしていた。  ああ、面倒だなあ。  僕はデカイ図体で煮え切らない様子の彼を見ながら、「なら僕が決めるよ」と腕組みをして告げる。  はっきりしないのも考え物だ。 「え!?」 「だって決まらないんだもん!面倒!こっちは待つ時間すら惜しいの!よし、君には棍棒と強化しまくった防弾ガラスの盾をあげる!安心して、街にはそれぞれ武器があるからお金があったら買えるし、初歩の初歩から戦える最弱エリアに下ろしてあげるから!」  僕が命じると、彼の手には棍棒と防弾ガラスの盾が出現した。  防弾ガラスの盾は重いらしく、手にした瞬間彼は重みで倒れる。 「重いでござる!!これは無理!」 「なら鍛えて!頑張ってね!」  最後は投げやりだった。  喚く彼を放り出すように、僕は下界に無理に彼を追い出した。  …まあ、これが半年前の事。  ちなみに僕は彼をすっかり忘れていたのだが、ある日報酬を貰った。いつも罰せられていただけに何事かと思ったのだが。  何故なのかと聞いてみれば、あの帰りたがっていた小太りの男が今では歴戦の魔物ハンターになっているのだという。弱きを助け、強さを驕る事無く、困った者には手を差し伸べるという本物の勇者になっているのだとか。  あのおどおどモゴモゴしていた小太りが。  大剣を背にして、筋肉を備え、精悍な顔と変化していた。  さすがに僕は彼の存在を忘れていたとは言えなかった。忘れていた間、あの小太りは成長していったようだ。  そしていつ、彼を元の世界に帰そうかと悩んでいる。  前の原型すら留めていないのに、戻ったら関係者もびっくりするだろう。  …また一つ、余計な悩みが増えた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!