アリサ、ひと夏の思い出

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「爺や! 爺や! どこにいるの!」  真一文字アリサは大声を出し爺やを探しながら、自宅の洋館の廊下を行ったり来たりしていた。真一文字家は江戸時代に貿易で財を成してから、今でも日本有数の大富豪である。その真一文字邸の本館である廊下をアリサは行ったり来たりしていた。真一文字邸は五階建てで、ワンフロアの廊下を往復するだけでも十五分はかかった。アリサは一時間以上大声を上げ早足で歩きながら爺やを探していたので、すっかり汗びっしょりになっていた。 「爺や! 爺や!」 「アリサお嬢様! 爺はここですぞ!」  白シャツに蝶ネクタイ、黒のベストと太ももの膨らんだ黒のスラックスを履いた老人が、花壇から顔を上げて大声を上げた。そして廊下を歩くアリサに手を振った。 「爺や、探したわよ。」  アリサは中庭に出ると爺やの元へ駆け寄った。爺やも花を傷つけないように慎重に花壇の中から抜け出すとアリサの方へと駆け寄った。「アリサお嬢様がこんなに汗びっしょりになって私を探しているとは一体何事か」と爺やは心配したのだった。 「爺や。明日で定年なんですって。」  アリサは怒った声で爺やに尋ねた。アリサはつい先ほど爺やの定年を聞いたばかりだった。何も言わずに去ろうとする爺やの水臭さにアリサは怒っていたのだった。  爺やはなんだそんなことか、と花壇を触って土にまみれた両手をパンパンと叩き合わせた。
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