22804人が本棚に入れています
本棚に追加
「さっき電話してたの、その噂の彼氏だろ。婚約してるってマジ?」
「あんたに関係ないでしょ。そんなこと訊いてどうするの」
「幼なじみで初恋で初彼女で、初体験の相手が結婚するって……こう、なんとも複雑な気持ちっていうか」
軽い口調で繰り出されたその言葉で、頭にカッと血が上った。気持ちがどんどん18歳のころに戻っていく。
幼なじみ、初恋、初彼、初体験の相手。わたしにとってもそうだった。そんな相手を裏切って、残酷な言葉で踏みにじったのは誰?田舎から出てきたばかりで世間知らずだったわたしが、どんな思いで立ち直ったかわかる?
「歳上なんだろ?さすがだよな。おまえくらいのレベルだと、いい男が勝手に寄って……」
「……うるさい」
「え?」
「なにも知らないくせに、うるさいって言ってんのよ。いくら幼なじみだの初恋だのって言っても、10年も前の話でしょ」
程よい温度まで冷めていた甘酒を一気に飲み干し、紙コップを握り潰して立ち上がった。やっぱりこいつはなにも変わっていない。いや、正確に言えば──地元を出たあとに変わってしまってから、変わっていない。
「あんたみたいな男は、恋愛も結婚も一生しないほうがいいわ。その無神経さにズタズタにされるのは、わたしだけで十分」
もう二度と会わないと思っていたし、会いたくなかった。あんなに浮かれていた気持ちが、いまはどん底まで沈んでいる。
「おい、麻紀」
「だから、触らないでってば!」
振り解いた手が隆平の頬に当たって、意図せず平手打ちをしたような格好になってしまった。その瞬間に涙がせり上がってきて、逃げるように奴に背を向ける。
「なんだよ、せっかく札幌にいるなら連絡先くらい教えてもらおうと思ったのに」
「バカじゃないの?教えるわけないでしょ」
いくつになっても他人の痛みなど知らないような顔をして、憎たらしくてたまらない。わたしは隆平を思い切り睨みつけると、勢いよく引き戸を開けて休憩所を後にした。
雪がしんしんと降っている。お母さんのところに戻る途中にスマホを見ると、桐島係長から「寒いから早く帰れよ。おやすみ」とメッセージが来ていて──さっき堪えたはずの涙がぽろぽろと零れてきた。
最初のコメントを投稿しよう!