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「その若さで係長とは優秀なんだね。君たちの職種だと、基本的に昇進は年功序列だろう」
「僕は中途採用で入庁しているので、新卒の方とは少し違うのかもしれません。まだまだ不勉強な部分もありますし、毎日必死ですよ」
わたしの隣に座る桐島係長が、外部の人によく見せる「よそ行きの笑顔」を浮かべている。
くっきり二重の瞼の際に、ほんのりと刻まれた笑い皺。確かにこうして見ると、桐島係長ってかっこいいな。平原が騒いでいた理由が、いまなら少しわかる気がする。
「麻紀、どうしたの。もしかして、桐島さんに見惚れてた?」
「えっ」
「確かに、しっかりしていて素敵だものね。こんな方とお付き合いしているなら、もっと早く教えてくれればよかったのに」
わたしのイケメン好きは母親譲りだ。桐島係長が席についてからずっと、目をハートマークにして彼を見つめている。──その割には、お父さんは全くかっこよくもない、ちょっと強面のおじさんだけど。
「彼氏に会わせてくれ、と何度言っても渋られていたから心配していたが……桐島くんなら安心だ」
「ええ、本当に。いい男だし」
──お母さん、心の声が漏れてるよ。思わずため息をついたわたしに、桐島係長がちらりと視線を向けてくる。「この茶番はいつまで続くんだ」とでも言いたげな目だ。そんなの、わたしが訊きたい。
早くお開きにならないかな、とコーヒーを啜っていると、「それで、おまえたちはもちろん、将来のことまで考えているんだろうな」とお父さんの声が飛び込んできた。
「うん……まあ、ぼちぼち」
「なに言ってるんだ。ふたりとも適齢だし、こんなにいい男性を逃したらあとで後悔するぞ。それでなくてもおまえは、学生時代と変わらずフラフラと……」
「ああもう、わかったから。いま、その話はしなくていいでしょ」
お父さんの言葉を遮って、もう一度ため息をついた。隣に座るこの人について、わたしが知っていることといえば──仕事熱心で優秀だということ、独身だということ、恋愛では少なくとも二度の痛手を負っていること、そして、仲のいい同期の元カレだということだ。
──そもそも、どうしてこんなことになったのか。このややこしい構図に至ったのは、ほんの1時間前の話だ。
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