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「ねえ、大丈夫?ちゃんと隠れてる?」
「そのタートルネック、顎のすぐ下まであるだろう。見えるわけがない」
「首につけるの、いい加減やめてよ。去年のこの時期だって、タートルネックばかり着てた気がする」
「おまえの首筋って、なんかこう、無性に吸い付きたくなるんだよな」
そんなに怒るなよ、行くぞ。彼はわたしの髪をくしゃっと撫でると、颯爽と車を降りてしまった。──確かに、こんなことでぷんすか怒っている場合じゃないのはわかってる、けど。
「ただ結婚することを報告して、婚姻届にサインをもらうだけだろう。そんなに緊張することはない」
いつもの慎重さはどこへやら。いったい、どうしてこんなに落ち着いているの?
巧のご両親はどんな方だろう。急に押しかけて、非常識だって思われるかな。「お嫁さん」として認めてもらえるかな。服もメイクも派手じゃないかな。ネイル、控えめな色にしていてよかった。……等々、心配は尽きない。
「そんな顔するな。結婚のことは話してあるし、おまえなら大丈夫だ」
「……ほんと?」
「ああ。そもそも、親は俺の結婚については諦めていたからな。むしろ喜んでくれると思うぞ」
だから、いつもみたいに可愛く笑ってろ。肩を抱かれ、「な?」と額にキスを落とされる。たったそれだけで、ほんの少し緊張が解けた気がするなんて──単純すぎる、かな。
*
「ほう。大卒ストレートで入庁して6年目、ということは……失礼ながら、年齢は」
「28歳です」
「巧とは6つ違うのか。いいのかい、こんなおじさんで」
「それはないだろう。自分の息子を捕まえて」
「麻紀さん、コーヒーのおかわりはいかが?」
「あ、えっと」
「母さん、俺の分も」
数年前に銀行──巧が以前勤めていた銀行と並んで北海道を代表する地銀だ──を退職したというお父さんは、最後は支店長で銀行員生活を終えたと聞いている。
経歴だけを聞いてどんなお堅い人だろうと身構えていたのだが、どうやら巧の物腰の柔らかさは父親譲りらしい。それに加え、垂れ目がちの二重瞼もよく似ている。
一方のお母さんは、軽やかなショートカットに親しみやすくさばさばとした笑顔が特徴の、まさに「健康的」な女性だ。
「なにしろ転勤が多かったからね。結局、ほとんど専業主婦やってるのよ」
からからとした笑顔の裏には、忙しい夫を支え、ふたりの息子を育て上げた苦労と充実感が垣間見える気がした。
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