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巧が中央から戻るまで異動希望を出す気はないけれど、ダメ元で異動先を交渉する余地はあるということだ。
もしかして彼は、そこまで考えて入籍を──なんてことは、さすがにないか。
「麻紀ったら、嬉しそうな顔しちゃって。こっちまでニヤニヤしちゃう」
「桐島係長もこんな感じですよ。相模さんの話してるときは頬が緩みっぱなしで」
まあ、なんにせよ、この度はおめでとうございます。今日は僕と琴実が奢りますので、どんどん飲んでください。二階堂くんの太っ腹なセリフに空のビールジョッキを掲げたとき、平原が「あ、そういえば」と手を叩いた。
「前に麻紀が担当してた案件があったじゃない。市町村との共同事業」
「うん。でも、あれは森内さんに返して……」
「金曜日、前田係長と森内さんが話してるのをちらっと聞いたんだけどね──」
*
「前田係長、少しよろしいですか。相模も一緒に」
翌日、勤務時間の始まりとともに森内さんに呼ばれた。平原の話を思い出し、念のために例の資料を持って打ち合わせスペースに向かう。
「森内くんから話してもらえるか。俺は了承しているから、あとは相模のキャパ次第だ」
「はい。……相模、市町村の共同事業の件なんだがな。あれをまた担当してほしいんだ」
先月森内さんに渡したはずの、資料一式をまとめたファイル。それをテーブルの上に置き、「あそこまで言われたら、戻すって選択肢しかなくなってな」と森内さんが苦笑いする。
「あのあと市町村の担当者に連絡したんだけど、相模と話したいって言うんだよ。担当が変わった、って説明しても納得してもらえなくて」
「そう……だったんですか」
「挙句の果てには、異動したわけでも退職したわけでもないんですよね、どうしたんですか、お元気にされてますか、なんて訊かれたよ。ここまで一緒に頑張ったんだから最後まで相模さんとやりたい、道サイドの担当者があんなに熱心に寄り添ってくれると思わなかった、って」
ファイルを開くと、過去の打ち合わせ記録や会議録が目に飛び込んできた。最新ページをパッと見たところ、あれからの進捗状況は芳しくなさそうだ。
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