22737人が本棚に入れています
本棚に追加
──Side 巧
結城ちゃん、今週いっぱいで満了だって。同僚からそんな話を聞いたのは、札幌に帰る少し前のことだった。
今回は木曜の遅い便に乗り、日曜に東京へ戻る旅程だ。年度末の忙しい時期ではあるが、元の職場への結婚報告と派遣の中間報告をしたいと話したら、課長も西野係長も快く頷いてくれた。
「本当は木曜も有休を取らせてやりたいんだが、あの会議は桐島くんがいないと困るからな」
「大丈夫です。むしろ妻には、年度末のこんな忙しい時期によく休み取れたね、と驚かれました」
「嫁さん、さすがわかってるな。ってことは、桐島くんは金曜日は欠席か」
「金曜日?」
「結城さんの送別会だよ。次はまったく別の庁舎に行くから、そうそう会うこともなくなるだろ」
*
「結城」
その小さな背中に声を掛けた途端、肩が大きく震えた。
「明後日で終わりなんだってな」
話を続けてみても結城は振り向かない。それもそのはずで、あれから、仕事以外で口を利くのはほぼ初めてだ。休み時間に雑談を振ってくることもなくなり、勤務時間が終わればそそくさと事務所を出て行くようになった。
「ずっと言えてなくてすみません。ご結婚、おめでとうございます」
いつもと同じ明るい声だった。いや、いつも以上かもしれない。
「結婚したのは知ってたんですけど、わざわざ言うのもアレかなって思って。奥さんにもよろしくお伝えください」──一瞬だけ振り向いてテンプレートを貼り付けたような笑顔でそう繰り出すと、それじゃ、と言わんばかりにくるっと踵を返す。
最初のコメントを投稿しよう!