#23 新しいふたり

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──Side 巧 「新しい職場でも頑張れよ」  早足でその場を去ろうとする子どものような背中にそう投げかけると、もう一度肩が震えた。 何秒経っても足を止めたままの結城へ一歩だけ近づくと、「言われなくても頑張ります」と小さな声。夕方の、誰もいない給湯室前の廊下に、それがやけに大きく響く。 「別の部署に行きたいんです、って話したら、課長が行き先を探してくれたんです。ちょうど3月で任期満了だったし、少しだけ余ってる有休も全部使っていいよって言ってくれて」  その横顔はこちらを見ない。仕事を頼むときだって俺と目も合わせようとしないくらいだ。仕事以外では関わりたくない、という俺の頼みを忠実に守ってくれているようだった。 「桐島さんはあと1年ですね。早く奥さんと一緒に暮らしたいんじゃないですか」  結城はじっと視線を落とすと、嘲るように笑った。 「まあ、それはそうだけど」「それにしてもすごいですよね。遠恋の間に結婚だなんて、聞いたことないです」「いろいろあったんだよ。……新しい部署、残業はないのか?」──原則として、非常勤職員に残業はさせない。そこは共通のはずだが、部署によってはたまに勤務時間を過ぎることもあるらしい。 「一応、ないとは言われてます。仕事内容もデータ入力とか資料整理なので、ここと変わらないです」 「子どもは、大丈夫なのか?」 「最近、元夫と行き来することが増えたんです。お迎えも、どうしても無理なときは頼んだりとか」  そうか、と返して話は途切れた。大変なこともあるだろうけど、頑張れよ。最後まで目を合わせようとしなかった結城が、ほんの少し顔を上げた。「桐島さんも」と言ったその目は、気のせいかうっすらと潤んでいるように見えた。
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