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「あれだけ飲んでも大丈夫なものだな。俺もまだ若いってことか」
「元気でなにより。もう寝るからね」
「話したいことがあるんじゃないのか」
「そんな体力……残ってるわけ、ないでしょ」
もう、とお布団に潜り込むと、汗ばんだ身体がわたしを背後から包み込んだ。
「首につけると怒られるから、今日は胸元と背中にしておいたぞ」──なぜか得意げだ。今日の巧がいつもより上機嫌なのは気のせいだろうか。
「夜はやっぱり冷えるな。東京は、あと少しで桜が咲くっていうのに」
「見に行きたいけど、時期的に無理だろうから……今年の連休はわたしがそっちに行こうかな」
「でも、麻紀の実家にも顔出したいんだよな。お父さんの調子、どうだ?」
「すっかり元気だよ。また札幌に来たいって言ってた」
「そうか。日程が決まったら教えてくれ。できたら俺も帰ってくる」
オレンジ色のあたたかい間接照明の中、深夜のお喋りはなんだかんだ続く。一週間の疲れに飲み会、そのうえ、散々味わい尽くされて──体力はすでに限界のはずなのに。
「指輪、いいのが見つかるといいな」
いつもの指輪が嵌っている左手の薬指に、彼の手が触れた。もうすぐここに、正真正銘の結婚指輪が嵌る。
「うん。ブランドはいくつかピックアップしたから、一番気になるところから行きたい」
「言うとおりにするよ。俺のより、おまえの綺麗な指に合う指輪を選びたいから」
「もう、キザなこと言って」
くすくす笑うと、彼もつられて笑った。大きな手がわたしの身体をさらさらと撫でる。髪に落ちてくるキスが心地いい。
「結婚指輪、早く嵌めたいな」
「ああ、そうだな」
「指輪を買ったら、本当に結婚したんだなって感じ。あと」
「あと?」
「離れてても、ちゃんと繋がってるって……いまよりもっと実感できそう」
また春が来る。
去年のいまごろは、毎日が幸せで怖かった。笑って過ごしていても、彼が隣からいなくなってしまう恐怖に足が竦んでいた。
明後日には彼は東京に戻ってしまう。また、離れ離れの生活が始まる。怖くないと言ったら嘘になるけれど、いまのわたしたちならきっと、新しい春をうまく迎えられるはずだ。
返事の代わりに腕の力が強まった。麻紀、愛してるよ。愛の言葉は何度繰り返されても飽きない。
だから、わたしも繰り返す。わたしも愛してる──何度だってそう伝えたい。今日も、明日も、これからも、ずっと。
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