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「桐島くんは元気か?派遣期間も残り少なくなってきたな」
「はい、おかげさまで元気にやっています。次に帰ってきたとき、また顔を出すって言ってました」
夏の午後の強い日差しが、左手の薬指に反射する。
まだ春が来る前にふたりで選んだ結婚指輪。これが一番麻紀の指に映える、と巧が言ってくれた──緩やかなラインのリングに、小粒のダイヤがいくつかあしらわれたものだ。
「そうか。忙しいのにまめなところが桐島くんらしいな」
「ここに来ると安心するみたいですよ。古巣に戻ってきた、って感じで」
資料を抱えて立ち上がろうとしたわたしを、「そういえば」と課長が引き止めた。「ひとつ話しておきたいことがあって」──差し出された一枚の紙の上部には、「部外秘」の赤いスタンプが押されている。
「まだこんな時期だし、内々の話ではあるんだが……桐島、これに興味ないか?」
視線を落とすと、来年度の派遣や出向についての計画書のようだった。巧と同じ中央派遣をはじめ、各種団体や市町村役場への出向について簡単にまとめられている。
「派遣、出向……ですか」
背筋がひやりと冷たくなった。札幌市内の団体や事務所に出向する場合だってある。むしろ、巧のように中央に行くケースのほうが稀だ。だけど……。
「そんな顔するな。おまえに見てほしいのはここだけだ」
旦那があと少しで帰ってくるってときに、驚かせて悪いな。そう言って課長が指差したのは──。
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