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「市役所に出向?」
「うん。とりあえず、1年の任期で募集をかけるみたいで」
へえ、と巧が唸る。まだ募集が始まったわけでもなければ応募を決めたわけでもない。ただ、「いい経験になると思うぞ」と提案されただけ。
──本当は、平原より桐島のほうが先に動くはずだったんだがな。異動希望がなかった上にちょうどこの話が回ってきて、もう1年残すことにしたんだ。
課長の声が蘇る。巧には、もう少し自分で考えてみてから話すつもりだったのにな。
「まさかこんな話をされると思ってないから、びっくりしちゃって」と軽い調子で続けると、「なるほどな」と神妙な声が返ってきた。
「課長もよく見てるよ。俺はマクロの視点、麻紀はミクロの視点から攻めるほうが向いてるってことだ」
「……どういうこと?」
「おまえは細かいことによく気がつくんだ。というか、それを無意識にやってのけるだろう。前から思っていたけど、麻紀はいつも、俺たちの側よりも市町村サイドに立って物事を考えてるよな」
「だって、わたしたちって板挟みの存在じゃない。それが当たり前だと思うんだけど」
「そう考えられる職員は案外と少ないよ。視野を広く持つのをこれからの課題にしてほしいけど、そんなことは意識して経験を積めばどうにでもなる」
麻紀が市役所か、向いているかもしれないな。巧が電話の向こうで頷いているのが目に見えるようだ。
「わざわざ1年残してまでってことは、本気で期待されてるんじゃないか?前向きに考えてみたらどうだ」
「……でも」
今年で29歳になった。来年になれば30歳。女性にとって「30歳」は、どうしても意識せざるを得ない節目の年齢だ。
わたしと巧は6歳差。そして、彼が帰ってきたときにはすでに結婚2年目。焦っているわけでも慌てているわけでもないけれど、考えるべきことがひとつある。
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