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「巧は……その、いいの?」
「なにがだ?」
「まだどこの市役所かも聞いてないし、それに……出向なんてしちゃったら、産休、取れないよ」
正直に言うと、それについて自分の意思が固まっているわけではない。
もちろん、「いつかは」と思っている。大好きな巧との間に子どもができて、家族が増える──つまり、わたしたちの未来に楽しみが増える。
だけど、現状では仕事を休むことは考えられないし、一緒に暮らすことさえできていない。巧としっかり話し合ったこともなければ、彼の本意もわからない。
「……麻紀は、俺との子ども、欲しいと思ってる?」
珍しく探るような声色に、巧もこちらの出方を窺っていることに気付いた。彼はどう思っているのだろう。前に「いいな」と言ってくれたことはあったけれど──。
「いつかは欲しいな、って思ってる、けど。……巧は?」
「俺は……おまえのプレッシャーになりたくないから、言わないようにしてたけど」
麻紀との子どもか、いいな、絶対に可愛いだろうな、って最近すごく思うんだ。ぽつりと零されたそれは、おそらく彼の本音だ。
ほっとしたような、嬉しいような、どうしよう、って迷ってしまうような……複雑な思いが胸の中で絡み合う。
「結婚願望すらなかった自分が、おまえと結婚した途端にこんなことを考えるなんて……人生って分からないものだよな。ごめん。俺、安心してる。いつかは欲しい、っておまえの口から聞けて」
「じゃあ……出向なんて、尚更」
「でも、それとこれとは別の話だ。せっかくの機会だから挑戦してほしい。課長から直々に提案されるってことは、いままでの麻紀の努力が少しずつ結果としてついてきた証だろう?」
巧の言葉が胸にツンと沁みる。だって、きっかけは他でもないあなただもの。
優秀なあなたに追いつきたくて、期待に応えたくて、支えられるようになりたくて──できることから頑張ろう、って決意した。
あれから随分と経った。まだまだあなたの足元には及ばないけれど、自分なりのやり方が見えてきて、手応えも感じている。もっと頑張りたい、上を目指したい。そんな気持ちが芽生えているのは確かだ。
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