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「まな、どうしたの?」
「あ、ごめん。あの人、美人すぎて思わず見惚れちゃった。どこのファンデ使ってるんだろ。リップの色もいい感じ」
「もう、すぐ職業病が出るんだから」
「琴実さんのお友達かな。あとで写真撮るときに訊いてみよ」
顰めているつもりなのかもしれないけれど、廊下が静かなので可愛らしい声が筒抜けだ。
美人すぎる、か。自分よりいくつも若い子にそんなことを言われたら、年甲斐もなく浮かれてしまいそうだ。
ふと足を止めると、晴れやかな青空が目に眩しい。10月中旬──秋のすっきりとした快晴だ。
「こんな日にはぴったりの天気だな。晴れてよかった」
午前中にチャペルで行なわれた挙式を思い出し、ふふっと笑みが零れる。
純白のウェディングドレス姿も、息を呑むくらい綺麗だった。平原が入場するまでの間、祭壇前で彼女を待つ二階堂くんの固い表情といったらもう……。
「麻紀」
ふいに腕を掴まれて、いつの間にか自分が窓の外を眺めていたことに気付いた。振り向くと、黒いスーツにライトシルバーのネクタイを締めた巧が立っている。
「どうしたの?巧もお手洗い?」
「なかなか戻ってこないから気になって」
すぐそこの披露宴会場からは賑やかな声が漏れている。「ごめんね、わざわざありがと」──会場に戻ろうと歩き出そうとしても、彼は動こうとしない。
「巧?」
「……俺たちも、早く結婚式挙げたいな。ごめん。俺が東京にいるばかりに」
無骨な親指が、わたしの左手薬指を撫でる。思いがけないセリフに驚いて見上げると、晴れの日には似つかわしくない表情が浮かんでいた。
「いったいどうしたの。平原に見惚れてたことなら、怒ってないよ」
「いや……見惚れてたっていうよりは」
おまえのウェディングドレス姿を想像してたんだ、ずっと。真剣な眼差しをぶつけられ、胸が大きく跳ね上がる。
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