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「新居はどうだ?」
「すごくいいよ。でも、つまんない」
「つまんない?」
「ベッドもリビングも、ひとりだと広すぎるの。バスルームだってキッチンだってそう」
巧がいないとつまんない。薄手のコートに包まれた腕にぎゅっと巻きつくと、「たった1週間だろう?俺の奥さんは甘えん坊で寂しがり屋だな」と肩を抱き寄せられる。
まだ春と呼ぶには早いような気温だけど、来週からもう4月。お互いに新しい場所で、新しい仕事が始まる。
わたしは正式に市役所への出向が決まり、巧には本庁の企画政策部への異動内示が出た。
彼の言っていたとおり、新しい出勤場所は管内の市役所になった。札幌から電車で30分ほどかかるものの、十分に通える距離だ。
そういう事情もあり、新居は札幌駅近くのマンションの7階──築浅の1LDKで、南向きの大きなバルコニーが気に入っている──に決めた。1ヶ月ほど前に契約を済ませ、1週間前からわたしがひとりで住んでいる状態だ。
「巧の荷物もだいたい届いたよ。この土日は荷解きと片付けで終わりそうだね」
「引継ぎ関係は終わったのか?」
「なんとか終わらせたの。せっかく巧が帰ってきたのに、家を空けるなんて嫌だから」
「今日はやたら素直だな。それに」
いつも可愛いけど、今日は特に可愛い。駅からマンションまでの帰り道、人通りも車通りも多い真昼間なのに──額や頬にキスが落ちてくる。
「……可愛い?」
「ああ。荷解きと片付けの前に、おまえを」
「それ以上言わないで、ほんとにそうなりそうだから」
そんなことしてる場合じゃないの。リビング、段ボールだらけなんだから。ぴしゃりと言って鼻先に人差し指を突きつけると、「そんなことってあんまりだな」と彼が目尻を下げる。
「まあいい。さっさと終わらせて、夜はなにか食べに行こう」
「帰ってきたら?」
「一緒に風呂入って、一緒に酒飲んで、一緒にベッドに入る」
「……それだけ?」
「で、終わると思うか?」
「思わない」
同時に黙ってから顔を見合わせて、同じタイミングで吹き出す。気付けばマンションを通り過ぎそうになっていて、慌てて足を止めた。
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