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「ただいま、でいいんだよな?」
「うん。いまはふたりで“ただいま”で、これからは、先に帰ってるほうが“おかえり”って言うの」
今日からふたりの家だよ。玄関のドアが閉まった瞬間に唇を塞がれた。いつかの夜みたいに壁に身体を押し付けられて、ゆっくりと、味わうように咥内をまさぐられる。
「麻紀、会いたかった」
「うん……わたしも」
「なんだか夢みたいだ。今日からずっと一緒にいられるんだな」
額と額をくっつけ合ってくすくす笑って抱き合って、またキスをして。もっと、ってねだるように背伸びをしたら、突然抱き上げられてしまった。
「やっぱり我慢できない。麻紀が可愛すぎる」
もう、と言いながら彼の首に腕を回す。パンプスが玄関の床に転がる。
「だめ、って言っても無駄なんでしょ」「おまえはどうなんだ?」「リビングの段ボールが目に入らなかったら、このまま現実逃避できるかも」「じゃあ、見えないようにしてやる」──絶えずキスを交わしながら、彼の足は迷わずリビング横の寝室へ。
「このベッドにして正解だったな。広いし丈夫だから、思う存分抱き合える」
その手間すら惜しむように、自分のコートを脱ぎ捨てたあとにわたしのそれを乱暴に脱がす。麻紀、と呼ぶ声があまりにも熱っぽくて、どんどん鼓動が加速する。
ああ、こんなことしている場合じゃないのに。──理性と本能はいつも裏腹だ。
「今日からは、寂しいなんて思う暇がないくらい愛してやる」
吹き込まれる声だけで身体が溶けていく。触れ合う唇、手、全身のいろんなところ。大好きな巧のすべて。窓から射し込む柔らかな日差しが、貪るように愛し合うわたしたちを照らす。
同じ誰かと一生を共にするなんて考えられなかった。彼はその場しのぎの偽物の婚約者で、ただの同僚で隣人、のはずだった。
いつ本物になったのかなんて、きっとふたりともわからない。気付いたら抱き合っていた。気付いたら惹かれていた。気付いたら好きになっていた。気付いたら、なくてはならない存在になっていた。
愛とは、こうして知らず知らずのうちに育まれていくものなのかもしれない。
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