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──Side 巧
「業務の邪魔をしてしまったようですみません。妻に怒られてしまいそうです」
冗談のように口にしてはみたが、こんなところを見られたらマジで怒られそうだ。
今日はせっかくの金曜日なのに、一緒に風呂にもベッドにも入ってくれないかもしれない。そんな展開は困る。
「とんでもないです。それにしても驚いた。奥さん、頼もしいですよ。バリバリやってくれて助かってます」
「桐島さんの下に若い女の子のスタッフがいるんですけどね、もう、僕なんかより桐島さんに懐いちゃってますよ。年齢も近いから話しやすいみたいで」
「それにほら、旦那さんに言うのもアレだけど……なあ?」
「すごい美人さんじゃないですか」
「華やかな人ですよね。いろんな意味で注目の的ですよ」
最愛の妻をこれだけ褒められて、鼻を高くしないほうが無理だろう。「そうだろう。自慢の妻だからな」とふんぞり返りたいのを堪え、「いえいえ、とんでもありません。恐縮です」と微笑む。
「桐島係長とすごくお似合いでしょうね。並んだところを見てみたいけど、いまは古賀さんと会議に行ってるんだったか?」
「はい。そろそろ戻ってくると……あ、噂をすれば」
カツカツとリズミカルなヒールの音が近づいてくる。左を向くと、グレーのパンツスーツ姿の麻紀と、カーディガンにロングスカート姿の少しお腹の膨らんだ女の子が歩いてきた。
──ああ、あれが麻紀が可愛がってるスタッフの子か。それにしても、どこかで見たことのあるような気が……。
「巧?どうしてここにいるのよ。車で待ってるって」
俺の姿を見るなり麻紀の目が吊り上がる。抱えている資料の山が重たそうだ。
「そんなわけにはいかないだろう。お世話になってるんだ、挨拶くらいしておかないと」
さらさらとしたロングヘアに小さなダイヤのピアス、細身のパンツスーツはスタイルの良さが際立つ。
俺の奥さんは本当に綺麗だな、ちょっと怒ってるけど──と見惚れかけたところへ、「もしかして、桐島さんの旦那さまですか?いつもお世話になっています」と鈴を転がしたような声が聞こえた。
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