22766人が本棚に入れています
本棚に追加
──Side 巧
「本庁企画政策部の桐島です。妻がいつもお世話になっています」
名刺を差し出すと、彼女が「こちらこそお世話になっています。あっ、名刺……」と慌てたようにネームプレートを探る。
「企画課の古賀と申します。桐島さんには本当に、すごくお世話になっていて……お会いできて嬉しいです」
歳は二階堂と同じくらいだろうか。ふんわりとした微笑みと柔らかなオーラに、麻紀が「うちの古賀さんね、もう、めっちゃ可愛いの。守ってあげたくなるっていうか、あれは旦那さんが過保護になるわけだよ」と力説していたことを思い出す。
「……まだ、仕事残ってるんだけど」
ふと聞こえた低い声に、古賀さんの癒しオーラから現実に引き戻された。
「わかってるよ。他にも挨拶したい部署があるし、そろそろお暇するかな」「うん。そうして」──麻紀の塩対応に、「桐島さん、キツいなあ」と周りの職員が苦笑いする。
「突然お邪魔してすみませんでした。またなにかありましたら、いつでもお電話ください」
再度よそ行きの笑顔を浮かべると、わざと麻紀の顔を見ずに来た道を戻った。そして、少し行ったところで立ち止まり、こっそりと振り返る。
──おお、しっかり仕事してるな。俺に負けず劣らずの「よそ行きの顔」だ。
地域振興課で同僚として働いていたときは、「仕事はほどほど、定時上がり」があいつのモットーだった。それが3年後には、たったひとり、外部の組織でバリバリ頑張っているなんて。
いまの自分が在るのは俺がきっかけだと彼女は言う。だからこそ、頑張っている姿を俺に見られるのが恥ずかしいんだよな。
家事も手を抜きたくないと言って無理しようとしていた彼女に、「いまは仕事に集中しろ」と説得したのは半年近く前のことだ。最近は互いの残業も減り、平日でもふたりで過ごす時間が増えてきた。
意地っ張りで上手に甘えられないくせに、少しずつ溶かしてやれば「あのね」「実はね」と打ち明けてくれる。そういうところがたまらないんだよな。まったく、可愛いところだらけで困ってしまう。
ああ、早く家に連れて帰って、思う存分甘やかして可愛がってやりたい。頼むから、今日くらいは定時で上がってくれよ。
最初のコメントを投稿しよう!