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「思ったより早かったな。もっとかかるかと思った」
午後6時過ぎ、駐車場の隅に停まったレヴォーグの助手席に乗り込む。カーフレグランスとは違う彼の匂いが鼻をついて、ほっとするのと同時に胸が高鳴った。
「うん。待たせてごめんね」
「いいんだ。俺が勝手に来たんだし」
どこか寄りたいところはないか?その問いに黙って首を振り、シフトレバーに置かれた左手をぎゅっと握る。
「……その、さっき、ごめん。迎えに来てくれて、ありがと」
俯いたまま小声で言ったのに、この距離だからしっかりと聞こえたみたいだ。一瞬の間のあと、彼の手がわたしの髪をさらさらと掬う。
「どういたしまして」
甘く優しい声で囁かれ、額に唇を押し当てられた。「ちょっと、ここ、わたしの職場」「もう暗いから見えないだろう」「そういう問題じゃ……」──顎を持ち上げられ、一瞬のキス。
「今日は、残りものでなにか作るな」
そして、鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で車を発進させる。どうして機嫌がいいのかはよくわからない。
*
「俺が飯作ってる間に風呂入っていいぞ、って言いたいところだけど……」
「わかってる。お湯だけ溜めておくから」
ジャケットを脱ぎ、薄手のニット姿になると背後から抱きしめられた。今日もお疲れさま。耳が熱くなったのを隠すように「巧こそお疲れさま」と素っ気なく返す。
「スーツ姿、いいな。麻紀はスタイルがいいからパンツスーツがよく似合う」
「そう、かな」
「ああ。だから、いますぐに」
「絶対だめ」
まったく、油断も隙もないおっさんだ。
巻きついている腕を振り解き、冷蔵庫からビールを2本取り出した。「これ飲みながら一緒にご飯作ろうよ。そういうのは、あとでのほうがいいでしょ」──わたしの言葉に、彼が驚いたような表情を浮かべる。
「そうだな。あとでゆっくり」
同時にプルタブを開け、勢いよく缶をぶつけ合った。外に飲みに行くのもいいけれど、ふたりでいるときは「家飲み」が一番楽しい。好きなように飲めるし、部屋着でいいし──なにより、いつでも触れ合えるから。
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