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「身体、きついだろう?俺が食べさせてやる」
「自分で食べれるからいい」
「なんだよ。せっかく甘やかしてやろうと思ったのに」
「いま甘やかすくらいなら、バスルームであんなことしないで」
なんだよ、怒るなよ。拗ねたようにチャーハンを口に運ぶ横顔にため息が出た。わたしはというと、彼の太腿の間に座らされ、ビールの合間にチリビーンズをちょこちょこと摘んでいる。
まったく、「仕事の鬼」が聞いて呆れる。そもそも、この体勢で食事しているのがおかしくない?甘えているのはどっちだ。
「麻紀、怒ってるのか?」
筋張った腕が巻きついてきて、不覚にもドキッとしてしまう。返事もせずにビールを呷ると、「よかったのは俺だけか?」と不安そうな声。
「……そう、じゃ、ないけど」
全身から力が抜けるくらい、声も我慢できないくらい、最後のほうはよく覚えていないくらい、悦かった、けど。
「……今日の巧、意地悪かったもん」
恥ずかしいことばかり言うし、やだって言っても止めてくれないし。それに──。
「好き、って……言ってくれなかった」
小さく零すと、ごくりと息を呑んだ音が聞こえた。それから、スプーンをお皿に置くかしゃんという音。身体に巻きついた腕の力が強まる。
「言ってほしかったのか?」
「……べつに」
「そうか。怒ってるんじゃなくて、拗ねてるんだな」
可愛いな、俺の麻紀は。愛しさを滲ませたような声で呟き、洗い立ての髪に顔を埋めたり、耳たぶやうなじにキスを落としてくる。
「やだ、くすぐったいってば」「おまえが可愛いことを言うから悪いんだろう」──同じシャンプーやボディソープを使っているはずなのに、鼻腔を擽るのは紛れもなく彼の匂いだ。
「ベッドでは意地悪しないから」
な?と優しく口づけられ、チャーハンが盛られたスプーンが口元に近づいてくる。大人しく口を開けると、「美味いか?」と彼が目尻を下げた。
「うん。美味しい」
「せっかく作ったんだから、もっと食え。体力を回復してもらわないと困る」
「またそういうこと言う」
テレビなどの雑音が一切ないリビングに、ふたりの笑い声が響く。週の半分は別々に食事を取っているし、たまにはこういうのも悪くない、かな。
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