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──Side 巧
「珍しいな。これだけで酔ったのか」
俺の太腿に頭を乗せ、すやすやと眠る麻紀の頬は紅くて、ほんのり熱を持っている。
風呂の前に缶ビールを1本、食事中に1本、食後に赤ワインをグラス2杯。俺の知っている彼女は、このくらい序の口のはずなのだが。
「余程疲れてたんだな」
さらさらの髪を手で梳くと、自分とは違う甘い匂いが立ち昇る。毎晩欠かさずボディクリームを擦りこんでいる白い肌はしっとりしていて、いつまでも触れていられそうだ。
残業が減ったとはいえ、定時上がりをすることはほとんどない。それは俺も同じだが、彼女の場合は通勤に1時間弱かかるのだ。今日はやっと迎えた金曜日。1週間の疲れが溜まっているところに、あんな──。
「ちょっとやりすぎたよな。でも、おまえがかわいいから悪いんだぞ」
髪を避けると、点々と赤い痕が目につく。また髪をまとめられないじゃない、と怒られてしまいそうだ。
麻紀はいま、自分の能力を最大限に引き出そうと努力し、着実にステップアップしている。その証拠に、出向してわずか半年足らずだというのにあの評価だ。
俺はずっと彼女を「勿体ない」と評してきたけれど、そのころの面影はほとんどない。少し眩しくなるくらいの成長ぶりだ。
元上司としては喜ばしい限りだし、夫としてももちろん応援している。しかし、時折寂しくなるのはなぜだろう。
「頑張ってるおまえも格好いいけど、俺の前では……」
こんなふうに無防備な姿を見せてくれると、嬉しくてたまらなくなる。
だって、ここにいるのは紛れもなく「俺だけ」の麻紀だ。蕩けた顔で抱かれている彼女も、子どものような顔で眠る彼女も。
無茶をさせたのは俺だ。ベッドに運んで朝まで寝かせてやろう。そっと体勢を崩し、すっかり脱力した華奢な身体を抱き上げた。
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