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「桐島係長、あけましておめでとうございます」
彼の声が聞けたんだから。さっきまでメッセージをやり取りしていたのに、わざわざ電話をくれるなんて。あの夜からまともに話さないまま休暇に入ってしまったから、少し照れくさいけれど。
「ああ、それを言おうと思ってたんだ。あけましておめでとう。お父さんとお母さんにもよろしく」
「……はい」
「ちゃんと伝えろよ。雪が溶けたら伺いますって」
「本気ですか?」
「旅行がてらちょうどいいだろう。俺は構わないけど」
──俺がおまえの婚約者でいる間は、おまえは俺のものだ。
イブの夜、彼の匂いと逞しい身体に包まれながら言われたことを思い出す。あなたは、いつまでわたしの婚約者でいてくれるつもり?どちらかに別の相手ができるまで、なんて思っているわけじゃ……ないよね?
「桐島係長、あの……」
わたしの実家に来るなんて──そこまでしたら、取り返しがつかなくなっちゃいますよ。それとも、まさか本当の婚約者に……。
「あれ、麻紀?」
突然、聞き覚えのない声が降ってきて、危うくスマホを落としそうになってしまった。「やっぱり麻紀じゃん。この辺じゃ見ない美人がいるな、って思ってたんだよ」──中性的とも言える柔らかな声、いかにも軽薄そうな喋り方。
知ってる。というより、覚えてる。忘れたつもりでも、耳が勝手に記憶している。
電話の向こうから、「相模、どうかしたのか」と戸惑ったような声が聞こえる。返事もできずに恐る恐る振り向くと、相変わらず甘ったるい砂糖菓子のような顔をした男──隆平が、そこに立っていた。
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