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「あ、悪い。電話してたのか」
ちょうど外灯の下にいるから、キャラメル色のピーコートを着て白地に黒いチェック柄のマフラーを巻いている姿がよく見える。
その見た目は、大学時代からまったくと言っていいほど変わっていない。細身の体躯もふわふわの黒髪も、その辺の女の子よりずっと可愛らしい顔も。
「相模?」
「すみません、急に知り合いに話しかけられて。でも、特に話すこともないので気にしないでください」
ヘラヘラと近寄ってくる隆平に背を向けて、再び歩き出す。「でも、地元の知り合いだろう?切ってもいいぞ」「いえ、本当にどうでもいいので。桐島係長こそ、まだ大丈夫なんですか?」──せっかく電話をくれたのに、こんなに短時間で切ってしまうなんて。たとえこの極寒の中だとしても、あと少しだけ声を聞いていたい。そう、思ったのに。
「久しぶりに会ったのに、冷たいなあ。それが元彼に対する態度かよ」
ふいに腕を掴まれて、つい声を上げてしまう。相変わらず美人だなあ、麻紀は。隆平はまるで子犬のような黒目がちの瞳をまんまるく見開いて、感心したように言った。
「ちょっと、いったいなんなの。触らないで」
「電話の相手、彼氏?」
「関係ないでしょ」
「あれ、もしかして婚約者ってやつ?俺、今月の初めにこっちに帰ってきてたんだけどさ、おばさんがそんなことを言ってたような」
「……とりあえず、切ったほうが良さそうだな」
桐島係長の呆れたような声が耳に届いて、胸がずきんと鋭く痛んだ。待ってください、と言おうとしたけれど──確かにこの状況なら、掛け直したほうが賢明だろう。どんな横槍を入れられるかわかったものではない。
「今日はもう遅いので、明日また掛け直してもいいですか」
「いいよ、気遣わないで。急に電話して悪かったな」
「いいんです。ていうか……もっと話していたかった、です」
小さな声でそう絞り出すと、電話の向こうがしんと静まり返ってしまった。
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