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「おお、相模社長のお嬢さんに東のところのボウズ。懐かしいなあ」
休憩所にいたのは、町役場近くの酒店を営む中井さんだった。うちのお父さんと同じくらいの年齢のはずだ。分厚いダウンジャケットを着て、紙コップ片手にファンヒーターの前に座っている。
「中井さん、ボウズはやめてください。僕、もう27ですよ」
「いやあ、見えねえなあ。まだ学生かと」
それにしても相模社長のお嬢さんはやっぱり綺麗だなあ、昔から有名だったもんな。その大げさな言い方に愛想笑いを返すと、「ほれ、甘酒。少し暖まっていきな。おじさんは空気を呼んで退散するから」と折りたたみテーブルの上に置いてある紙コップを手渡してくれた。
「ありがとうございます。あの、父はどこにいるんでしょうか」
「いまは境内の見回りをしてるんじゃないか。若いのがぞろぞろと来るころだからね」
じゃ、ごゆっくり。中井さんは「よっこいしょ」と立ち上がると、引き止める間もなく休憩所を出て行ってしまった。狭い小屋の中は、ヒーターが温風を吐き出す音で満ちている。
「せっかくもらったし、座るか。今年はうちの父さんも係に当たってんだ」
隆平はさっきまで中井さんが座っていたパイプイスに腰を下ろすと、「麻紀はそっちに座れよ。あったかいだろ」とヒーターの正面にあるイスを指差した。わたしは黙ってそのイスに座り、彼の方ではなくヒーターを見つめる。
「元気そうだな。麻紀が役所勤めをしてるなんて驚いた」
「消去法よ。それもお母さん情報?」
「見かけによらず、昔から頭が良かったもんな。俺はいつも教えてもらってばかりで……あの大学も、おまえのおかげで入れたようなもんだし」
そうそう、おばさんとはスーパーでばったり会ったんだけどさ、「麻紀ったら、すごく素敵な方とお付き合いしてるのよ」って嬉しそうに話してたぞ。柔らかな微笑みが視界の端に映る。……こんなの無視しなきゃ。甘酒を飲み終えたら、さっさと帰ろう。
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