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#2 どうしてこんな話に
「桐島くんはどうだ。いままでは仕事に生きてきた、ってクチか?」
曖昧な返事しかしないわたしに痺れを切らしたのか、お父さんが桐島係長に視線を移した。ええまあ、と微笑む彼に、「君のような男がその年齢まで独り者でいたということは、だいぶ選びに選んできたんだろう」と畳み掛ける。
「いえ、僕は単にモテないんですよ。入庁してからは特に、仕事でいっぱいいっぱいで」
「あら、桐島さんみたいな男性を周りの女性が放っておくとは思えないけど」
「ありがとうございます。でも、本当にそんなことは」
「もういいでしょ。桐島係長は仕事熱心な人だから、いままでそれどころじゃなかったの」
──事情も知らないくせに軽々しく詮索するのって、田舎者ならではなの?世間話をするだけなら、さっさと帰りたいんだけど。
桐島係長の恋愛事情を少し知っているせいか、なぜか怒りの気持ちが湧き上がってくる。そりゃ、わたしだって上澄みの部分しか知らないんだろうけど──いままでの恋愛で、散々嫌な思いや悲しい思いをしてきたのだということはわかる。
平原の件については許せない部分もあったけれど、きっとこの人なりに葛藤した結果だったのだろう。新しい恋をして毎日幸せそうな平原を見ているうちに、そう思えるようになった。
「まあいい。桐島くんは、麻紀のことが好きか?」
危うく手が滑って、華奢なコーヒーカップを床に落っことすところだった。一方の桐島係長は、まるで軽めの案件を扱う会議中のように淡々と、「はい」なんて笑顔で頷いている。
「さ……麻紀さんはしっかりしていて自立した女性ですし、器用で明るく、うちの課には欠かせない存在です」
ここだけの話、男性職員の士気向上にも一役買っているんですよ。華やかでお綺麗なので。内緒話をするように囁かれたそのセリフに、お母さんが「まあ」とくすくす笑う。
「うちの課には、ねえ……」
疑問が含まれたお父さんの呟きを、桐島係長は聞き逃さなかった。プレゼンや説明をするときのような調子で、「それに」とテンポ良く話を続ける。
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