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6月24日(下澤裕貴2)
天川家に来るために通った道を逆走していた。道路を走っていると車のヘッドライトが眩しく照らしてくる。
スーツケースを持っていた男を見たのは白い橋の側。木造の洋館の近くだった。到着し、ザッと辺りを見回すが誰もいない。
どこへ行ったかまるで見当がつかない。タクシーを拾った可能性だってある。
「くそっ!」
もっと早く駆けつけていられれば、もっと早く麻弥の救援を察知できていれば、こんなことにはならなかった。
八つ当たりで蹴った空き缶が暗闇の中へ消えた。入れ替わるようにセーラー服の少女が走ってくる。
「いきなり飛び出して……」
沙弥も全力で走ってきたようだ。膝に手を起き下を向いて息を切らしている。
「何で追ってきた! 沙弥さんも狙われるかもしれないんだぞ!」
麻弥が狙われた理由は分からないままだ。金銭目的なら犯人からのアクションがあるはず。何もないところを考えると犯人の狙いは麻弥か沙弥か、あるいは両方とも……。
「心配してくれるのは嬉しいけど、そんな怖い顔しないで。私は大丈夫だから」
息を整えると沙弥は顔をあげた。額には汗が滲んでいるが裕貴を心配させないように笑っている。
「大丈夫って……ああ、そうか。魔法が、あるんだった」
いても立っても居られず飛び出してきたのだが、よくよく考えれば沙弥の魔法を頼れば良いだけだ。沙弥の魔法さえあれば麻弥の誘拐すら未然に防げる。
「うん。だから私はコレから過去に戻るけど、下澤くんも一緒に来て欲しいの。ただ、問題はどの時間に戻るかなんだけど……」
沙弥は裕貴の顔色を伺った。
「ああ。もちろん! 犯人を見たのは僕だけだから」
「話しが早くて助かるよ! 」
過去に戻ってもまた、襲われては意味がない。麻弥は犯人を見ているだろうが過去干渉は肝心の麻弥に影響を及ぼすことができない。
「麻弥が未来予知で犯人を見られればいいけど……」
未来予知できる麻弥が誘拐されたということは、予測の範疇を超えた。おそらく魔法の効果を受け付けない沙弥の行動が原因でそうなってしまったのだろう。だとすれば、過去に戻り未来予知を使ったところで何も起きない未来を見るだけかもしれない。
「犯人が分からなかったときは、僕が小海高校に行って顔を見る。それで良いんだよな?」
「うん。じゃあ準備はいい? 戻るのは麻弥がまだ学校にいる時間。15時くらいにするから」
裕貴が頷くと沙弥の目から涙が溢れた。月が白く照らす街の片隅で奇跡が顕現しようとしている。
奇跡が起こる瞬間は、何度見ても神秘的で美しい光景だ。沙弥の目から溢れた涙の雫は裕貴をも包みだす。壮麗な月夜だということも相まって、星空に飲み込まれた気分だ。
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