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穏やかな水面とは真逆に裕貴の胸のうちはざわついていた。スーツケースに追いついた裕貴は、月の光を頼りにその形状を見てみる。
ーー似てる……
あの男が持っていたスーツケースに似ている。男とすれ違った際にスーツケースに注目していた訳じゃないし、市販されているものは似たような格好のものも多い。だから、勘違いかもしれないーー。でも…………。
裕貴はスーツケースを押すように泳ぐと沙弥のいる岸を目指した。
「下澤くん……そのスーツケースだけど……」
「似ている、気もする……」
沙弥は腰を屈め、スーツケースの持ち手を掴んだ。そのまま持ち上げようと腕に力を入れる。
「んっ! ………ダメ! 何か入ってて持ちあがらない。……重い」
沙弥にスーツケースが流れていかないようにしてもらっている間に陸に上がった。濡れた服からたくさんの水が滴る。
「せーのでいくよ? ……せーの!」
沙弥と2人でスーツケースを持ちあげた。沙弥と目を合わせ、蓋を開ける合図をする。
沙弥が隣で固唾をのみ見守るなか、中身が外界に顕現した。
「あっ……あ……………」
中には美しい美少女がいた。あんなにキラキラ輝いていた瞳は光を失って虚空を見つめたまま動かない。
「ま…‥やさん? 麻弥さん! 麻弥さん!」
裕貴はスーツケースから麻弥を起こし、青くなった唇で必死に呼びかけた。
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